最新記事

東日本大震災

災害大国だからこそ日本の日常にある「奇跡」

2021年3月15日(月)14時40分
にしゃんた(羽衣国際大学教授、タレント)

正解はおよそ2200年前。そしてその当時に津波という言葉はない。紀元前200年に海の神が怒り荒れ狂い、その怒りを沈めるために島のキャラニア地方を治めていた当時の王が愛する娘、ウィハーラ・マハ・デェーウィー王妃を神の怒りを治めるために船に乗せ、生贄として海に流したという伝説がある。今回の津波を経験し2200年前の海の神が怒ったとは津波であったに違いないとの解釈に至った。

スリランカにとっての津波は、大きな痛みと、大きな成長をもたらした。自然界の力をまじまじと見せつけられ、人間同士が争うことの不毛に気付いたのか、長年続いたスリランカ内戦は、津波発生後に一旦ピタッと止まった。日本からも大小の多くの支援が現地に届いたが、なかには日本らしいものもあった。例えばかつての日本の小学校の教科書にも載っていた安政南海地震津波の際の実話に基づいて書かれた物語「稲むらの火」がスリランカで使われている言語に翻訳され、子ども達に配られた。日本からの援助によって沿岸地域に津波警報機なども設置された。

津波を経験する前と比べるとスリランカ人は見違えるほど大きく成長した。例えばスリランカでの今回の津波は、最初は引き潮になって、それからしばらくして津波が押し寄せている。津波前の引き潮はいわば逃げるための最も分かりやすい合図である。今ではスリランカ人は、そのことを充分理解している。そのため、今回のように引き潮を面白がり、誘い合い海に向かい大騒ぎをするようなことはこれからスリランカでは起きないだろう。

語り継ぐことで起こる奇跡

人間によってつながれた動物以外は安全な場所に逃げて生き延びたようだ。人間からは動物的本能がいつの間にかそぎ落とされている。だからこそ、津波に対する知識や防災教育、それに伴う行動力が必要である。それによって誰ひとり津波で命を落さなくて済むはずだ。これは単なる理想ではなく、充分に現実的だということを教えてくれる事例がある。インドネシアのシムル島だ。

インドネシアはインド洋大津波の震源地であり死者・行方不明者が最も多く17万人に及んだ。その中で震源地からわずか60キロしか離れていないシムル島で犠牲になったのはわずか7人だけだった。これは「Smongの奇跡」と讃えられている。なぜに奇跡が起きたかは簡単だ。1907年にこの地域で発生した地震と津波の経験を詩(Smong)にして未だに世代を超えて大切に語り継いでいるのだ。

岩手県の大槌湾を望む釜石にも「釜石の奇跡」がある。釜石東中学校の562人の児童・生徒全員が「てんでんこ」の教えによって自らの命を守った。釜石市では、その知恵を生かし平均して週1時間を防災教育に充て、年3回防災・避難訓練を行っていた。

「天災は忘れたころにやってくる」は物理学者・寺田寅彦の言葉とされている。自然災害大国日本であるからこそ「奇跡」が日常であるように、地域や自治体があらためて自分ごととしての取り組みを進めることを切望する。

【筆者:にしゃんた】
セイロン(現スリランカ)生まれ。高校生の時に初めて日本を訪れ、その後に再来日して立命館大学を卒業。日本国籍を取得。現在は大学で教壇に立ち、テレビ・ラジオへの出演、執筆などのほか各地でダイバーシティ スピーカー(多様性の語り部)としても活躍している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中