最新記事

東日本大震災10年

「私には夢ができた」牡蠣養殖から民宿女将へ 気仙沼ルポ「海と生きる」

TEN YEARS ON

2021年3月11日(木)11時30分
小暮聡子(本誌記者)

mikioyoshida.jpg

防潮堤が出来て居間の窓から海が見えなくなったという吉田三喜男。この10年、地元の復興に奔走してきた PHOTOGRAPH BY KOSUKE OKAHARA FOR NEWSWEEK JAPAN

一方で、唐桑の大沢集落で暮らす吉田三喜男(72)は、変化を喜びつつも、故郷を取り巻く「都会化」に言い知れぬさみしさを感じている。

高台に残った吉田の自宅を9年ぶりに訪ねる。顔にやや増えたように見えるしわは、地元の復興に奔走してきた彼の年輪のようでもある。

13年前に唐桑の役場を退職した吉田はこの10 年、「よそ者」の加藤を息子同様に応援してきた。震災後、情報通の彼の元をメディアなど多くの人が訪れ、受け取った名刺の束は膨れ上がった。だが吉田は、集落のつながりは「か弱くなりました」と語る。

大沢集落は海抜ゼロメートル地点が多く、津波で42人という唐桑地区で最も多い犠牲者が出た。震災前に188世帯あった集落は複数の高台に住宅移転し、コミュニティーとしての形を変えた。

10年前まで「一心同体」だった地域住民は、吉田によれば「アーバンな考えになってます。貸しを作らず、借りを作らず。冠婚葬祭には地域全員が参加していたのも、必ずしもそうでなくなった」

町役場に勤める以前、中学卒業の翌日からマグロ漁船に乗って遠洋漁業に出ていた吉田は、高台に残った自宅から「海が見えなくなった」ことにもさみしさを感じている。防潮堤が建設されたからだ。「海から恩恵を受けて暮らしてきたから、海が見えっと安心する。防潮堤があっと、津波が来ても分からない」

家族を失った人も同じ気持ちなのか。吉田と同じ集落に住んでいたが、津波によって家が流された星眞一郎(78)を訪ねると、息子の光(40)と一緒に高台に新築した自宅に筆者を招き入れてくれた。

周りに形成された団地には、賃貸式の災害公営住宅と100坪ずつの区画に新築した戸建てが立ち並び、60世帯が暮らす。星の妻は、まだ見つかっていない。

あの日、岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」の近くでガソリンスタンドを営んでいた星は、地震の発生後、津波が来たらこの道でここに避難しようとその1週間前にたまたま家族で「練習していた」最短ルートを使い、息子と2人で高台に向かった。

朝から妻と息子と3人で陸前高田市内にいたのだが、仕事の手が空いたので午前中に妻だけ先に家に帰らせた。地震後、自分と息子の2台の携帯で妻に電話をかけたが、何度かけても、ついに電話がつながることはなかった。

星は妻について多くを語らない。震災のずっと前だが、妻と津波が来たときのために裏山にロープを張って逃げやすいようにする計画を話していた。自分は子供の頃から明治や昭和の三陸地震の話を聞き、「揺れ=津波=高台」と本能的に刷り込まれているが、「妻は陸前高田の内陸部の出身だった......」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独成長率、第4四半期速報0.1%減 循環・構造問題

ワールド

米国の新たな制裁、ロシアの石油供給を大幅抑制も=I

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、11月は前月比+0.2%・前年

ワールド

インドネシア中銀、0.25%利下げ 成長支援へ予想
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン」がSNSで大反響...ヘンリー王子の「大惨敗ぶり」が際立つ結果に
  • 4
    「日本は中国より悪」──米クリフス、同業とUSスチ…
  • 5
    ド派手な激突シーンが話題に...ロシアの偵察ドローン…
  • 6
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 7
    日鉄はUSスチール買収禁止に対して正々堂々、訴訟で…
  • 8
    ロシア軍高官の車を、ウクライナ自爆ドローンが急襲.…
  • 9
    TikTokに代わりアメリカで1位に躍り出たアプリ「レ…
  • 10
    中国自動車、ガソリン車は大幅減なのにEV販売は4割増…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 6
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も…
  • 7
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「…
  • 8
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映…
  • 9
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 10
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中