最新記事

北朝鮮

金正恩「拷問要員」が忽然と消え騒然、向かった先は......

2021年2月10日(水)16時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

今年1月に開催された朝鮮労働党第8次大会に出席した金正恩 KCNA/REUTERS

北朝鮮で最近、韓国を目指し船で脱北を試みる事例が相次いで起きた。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、今年1月のある凪の日、1隻の漁船が、船長とその妻、息子、20代の船員4人の合計7人を載せて清津(チョンジン)港を出港した。

周到に脱北を準備していた船長は出港後、家族と船員を説得し、韓国へ向かうことに同意させた。しかしエンジンの故障で、一行はあえなく逮捕されてしまった。

一方、黄海に面した北朝鮮の港から、木造船が忽然と姿を消した。それも3隻同時で、4人の乗組員も一緒だったために大事件となり、現地は大騒ぎになっている。

現地のデイリーNK内部情報筋によると、事件が起きたのは昨年末のこと。場所は黄海南道(ファンヘナムド)の龍淵(リョンヨン)郡だ。まず、事が大きくなった理由は、姿を消した4人の顔触れにある。

4人は夢琴浦(モングムポ)の海水浴場管理所の保衛指導員とその家族、そして朝鮮人民軍(北朝鮮軍)を除隊したばかりの1人という顔ぶれだ。保衛指導員は、拷問や公開処刑で恐怖政治を支えてきた秘密警察の要員である。他の誰が脱北するよりも、社会的なインパクトが大きい。

<参考記事:【写真】美人女優ピョン・ミヒャンの公開処刑で幕を閉じた「禁断の映画」摘発の内幕

また、現場の場所柄も問題だった。郡内には、黄海に突き出した長山串(チャンサンゴッ)という岬があるが、そこから15キロほど南下すると、白翎島(ペンニョンド)という島にたどり着く。実はこの島、韓国領だ。韓国の仁川(インチョン)から200キロ離れているが、北朝鮮までは十数キロという極めて特殊なロケーションにある。

この保衛指導員は、船に乗って海上を漂うゴミを回収する作業を熱心に行っていたが、作業をより円滑に進めるために、各機関の許可を得た上で、木造船をさらに3隻をレンタルした。

ところが、3隻は作業開始前の昨年末、港から姿を消してしまったのだ。不審に思った海水浴場の管理所の職員が、龍淵郡安全部(警察署)と保衛部(秘密警察)に通報した。彼らが出動して、ようやく船とともに4人が姿を消したことも確認された。

保衛部は捜索に乗り出したが、見つけたのは、岸からかなり離れた防波堤のそばで漂っていた2隻の船だけ。彼らが船に乗って越南、つまり脱北して韓国に向かったものと見ている。だが、韓国政府は脱北者の入国について、一部の例外を除き公式には確認しない姿勢を取っており、4人が韓国にたどり着いたかどうかはわかっていない。

この海域では、以前から船に乗って、或いは泳いで韓国にたどり着き亡命する事例が起きている。

<参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中