最新記事

シリア

イスラエルがシリア領内の「イランの民兵」を大規模爆撃、50人以上が死亡:米政権末期に繰り返される無謀

2021年1月14日(木)14時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

米国とイスラエルの連携

ソレイマーニー司令官暗殺から1年」でも述べた通り、ダイル・ザウル県に対する爆撃においては、どの国がそれを実施したのかが公式に発表されることはない。

だが、今回は違った。
米国の諜報機関の高官がAPに対して、匿名を条件に、爆撃が米国との連携のもと、イスラエル軍によって行われたと暴露したのだ。

同匿名高官によると、イスラエルは、米国が提供した諜報に基づいて爆撃を実施、またマイク・ポンペオ国務長官が爆撃の2日前(1月11日)に、イスラエル諜報機関モサドのヨシ・コーヘン長官とワシントンDCのレストラン・カフェ・マリノで会談を行ったのだという。

イスラエル政府は爆撃に関して公式の発表は行っていない。だが、米国高官が、シリアでの爆撃でイスラエルとの連携について言及するのはきわめて異例だった。

一方のロシアは?

大規模爆撃が行われたダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸は、2017年12月にロシア軍と「イランの民兵」の支援を受けるシリア軍がイスラーム国を駆逐し、これを制圧した。同地は、「イランの民兵」の影響力が強いが、ロシア軍もまたダイル・ザウル市やブーカマール市に部隊を駐留させている。

現地のロシア軍部隊に関して、アイン・フラートは1月13日、ブーカマール市内のスィヤーヒー・ホテルに駐留していた将兵数十人が現地スタッフ数名を残して撤退していたと伝えた。

理由は不明だが、ロシアとイランの水面下での対立を受けて撤退したものと見られるという。

ロシアが今回の爆撃についてイスラエル、ないしは米国から事前報告を受けていたか現時点では不明だ。だが、イスラーム国に対する「テロとの戦い」が激しく行われていた2015年末、ロシアと米国は、シリア領空での偶発的な衝突を回避することを目的として、ホットラインを開設し、ユーフラテス川以西の制空権はロシア、以東は米国が掌握した。ロシアはまた、イスラエルとの間にも同様の合意を交わしている。これらが現在も効力を持っているのであれば、ロシアがイスラエルの越境爆撃を承知していないはずはないことになる。

既視感の理由

トランプ大統領の任期最末期におけるシリアへの大規模爆撃は、それを行ったのが米軍ではなくイスラエル軍であったこと、標的が米国を含む国際社会にとって最大の脅威と目されていたイスラーム国に対峙していたシリア軍ではなく、現下の中東における米国(そしてイスラエル)にとって最大の脅威であるイラン(より厳密には「イランの民兵」とそれと共闘するシリア軍、国防隊)を主な標的していたという点で、オバマ前政権末期の爆撃とは違っている。また、米国の脅威に真正面から対峙しようとした今回の爆撃の方が、オバマ前政権によるマッチポンプよりも素直な施策だと言える。

だが、シリア国内からこれらの爆撃を見上げると、自由、民主主義、テロ撲滅、大量破壊兵器拡散防止など、介入の根拠となっている原理・原則に何ら基づいていない無謀な行為が、米政権の幕引きに合わせて繰り返されているという点で違いはない。そして、このことが既視感を覚えさせるゆえんである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中