ゾウと共生する「優等生」のはずのスリランカに落第点?
それどころか、今年に入ってスリランカ政府が発表した対策に、国内外で大きな衝撃が走った。国の野生生物保護省は、人間とゾウとの軋轢が激しい地域において地元民による防御組織の形成を決定。規模は2500人で組織員に2000丁の散弾銃を支給するという。
銃の提供はゾウの追い出しを目的としているが、既に毒物や爆発物などさまざまな手段でゾウを殺す事例が年々増しているこんなさなかに、銃の供給によって拍車が掛かるのではないかと生物保護団体を中心に反発の声が上がっている。さらには銃の氾濫に伴う二次被害の懸念も指摘されているが、少なくとも現時点で政府決定に変更は見られない。
スリランカはゾウとの共生において優等生として歩んできた歴史は長い。今では景色が変わってきているものの、筆者が子どものころ、今から40年ほど前のスリランカの日常生活において、遠目に見る野生の象はもちろん、街中をゾウが練り歩く姿は極々自然の光景であった。お寺や富裕層を中心にゾウが飼われることは珍しくなかった。1日300キロを食べ、その8割を排泄するいわば燃費の悪いこの生き物を飼えるのは余裕の証であり、ステータスでもあった。
世界最大級のゾウの孤児院
むろん、今に至ってゾウは力仕事で経済を、お祭りの主役となり文化を支える存在でもある。世界文化遺産でもある古都キャンディにおいては世界で唯一無二の、鮮やかに飾られたゾウ200~300頭と、民族衣装を身に纏った踊り子が街中を練り歩くペラヘラ祭りが8月に開催され、スリランカ観光業を牽引している。
世界最大級のゾウの孤児院もスリランカにあり、1975年に建てられたこの施設は怪我をしたゾウや親のいない子ゾウなどを中心に飼育している。その数は100頭近くに及び、親を失った子ゾウを保護し、野生に戻すことを目指す世界でたった1つだけの施設でもある。この孤児院も観光資源としての付加価値が増すばかりである。
繰り返しになるがスリランカにとって人間とゾウの関係は切り離すことができない。かつては国章にゾウが模倣された歴史すらあり、現在では二大政党の1つのシンボルでもある。陸上の一番の力持ちであるゾウと力で向き合う方向へ舵を切った国の政策は、単なる生物保護を超えて、この国のアイデンティティーを自ら否定することにもなりかねない。共に生きるしなやかな知恵を世界に示してくれることを期待をしたい。
【筆者:にしゃんた】
セイロン(現スリランカ)生まれ。高校生の時に初めて日本を訪れ、その後に再来日して立命館大学を卒業。日本国籍を取得。現在は大学で教壇に立ち、テレビ・ラジオへの出演、執筆などのほか各地でダイバーシティ スピーカー(多様性の語り部)としても活躍している。
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