最新記事

追悼

権威と闘う筋金入りの反逆児......マラドーナは「最高に人間らしい神」だった

The Words of a Soccer God

2020年12月1日(火)16時20分
星野智幸(作家)

例えば、『マラドーナ!』(邦訳・現代企画室)というマラドーナの発言集をめくってみよう。

「バチカンに初めて入ったとき、天井が全部金でできているのを見て、怒りがこみ上げてきた」

「ぼくは自分の病気(薬物依存症)を認めるよ。でも、FIFAの首脳陣も違う病気を持っている。泥棒病、恥知らず病だ。彼らは泥棒中毒だ」「イングランド人には本当に1000回でも謝りたい。でも、ぼくはあれ(神の手ゴール)をあと1001回やるかもしれない。ぼくは彼らが気づかないうちに素早く財布を盗んじゃったみたいだ」

私はこれらの言い分、痛快なレトリックにすっかり魅了されてしまった。そう、マラドーナは言葉の人でもあるのだ。少しでも権威の威圧を感じると反抗せずにいられない。

キューバで療養中に語り下ろした『マラドーナ自伝』(邦訳・幻冬舎)は、もっとすさまじい。自分は誤解されていて、真実はこうなんだ、わかってほしい、という気持ちが前面に出るあまり、ありとあらゆる出来事について、誰かを責めている。自分の過ちを認めながらも、時に人に責任転嫁し、言い訳をしまくっている。そして、口から出まかせのようなそれらの非難と正当化の嵐の中に、ものすごく核心を突いた鋭くまばゆい批判が混ざる。

これを読むと、マラドーナがいかに人から認められることに飢え、小さくとも心ない批判に傷ついて被害者意識を募らせ、それでも理解を求めてしゃべりまくるのか、痛々しいほどに伝わってくる。魔術のようなサッカーを見せ、人々が熱狂すると自分も歓喜し、主役であることにイノセントなまでの幸福をにじませ、それでも次の瞬間には人に見捨てられるのではないかと怯えるマラドーナ。陽気で自己中心的で激しやすく、情に厚いマラドーナ。弱い人にはすぐ共振するマラドーナ。

マラドーナに己を見る

亡くなる一月前、60歳になった記念のインタビューで、マラドーナは「まだ自分は好かれているだろうか、みんな以前と同じように思ってくれるだろうかと、ときどき気になる」と語っている。ここ数年は重度のアルコール依存症に苦しみ、健康も悪化するばかりだった。

私にはその姿が、やはり自分であることに苦しみ続けたマイケル・ジャクソンと重なって見える。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、ホンダとの統合協議を白紙に 取締役会が方針確

ワールド

「ガザ所有」のトランプ発言、国際社会が反発 中東の

ビジネス

EU、Temu・SHEINに販売責任 安価で危険な

ビジネス

独プラント・設備受注、昨年8%減 2年連続のマイナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国経済ピークアウト
特集:中国経済ピークアウト
2025年2月11日号(2/ 4発売)

AIやEVは輝き、バブル崩壊と需要減が影を落とす。中国「14億経済」の現在地と未来図を読む

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギー不足を補う「ある食品」で賢い選択を
  • 2
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 5
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 6
    中国AI企業ディープシーク、米オープンAIのデータ『…
  • 7
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 8
    脳のパフォーマンスが「最高状態」になる室温とは?…
  • 9
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 10
    AIやEVが輝く一方で、バブルや不況の影が広がる.....…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 6
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 7
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    老化を防ぐ「食事パターン」とは?...長寿の腸内細菌…
  • 10
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中