最新記事

追悼

権威と闘う筋金入りの反逆児......マラドーナは「最高に人間らしい神」だった

The Words of a Soccer God

2020年12月1日(火)16時20分
星野智幸(作家)

1986年メキシコW杯では「5人抜き」や「神の手」といった伝説的な活躍で母国を優勝に導いた BOB THOMAS SPORTS PHOTOGRAPHY/GETTY IMAGES

<最も偉大なサッカー選手でありながら、常に体制や権威に抗議し周囲の理解を求めて苦しみ続けた男との別れ>

11月25 日が終わった深夜1時すぎ、寝る前にツイッターを開いたところ、アルゼンチン在住のサッカージャーナリストのツイートから、「マラドーナが亡くなった...」との文字が目に飛び込んできた。頭の中が真っ白になり、誤報でないか確かめようとしてアルゼンチンの新聞にオンラインでアクセスするが、つながらない。ああ、事実なんだ、と確信したら、涙が止まらなくなった。

アルゼンチン人でもない自分が、ディエゴ・マラドーナの死にこんなにも衝撃を受け、喪失感にさいなまれるとは思っていなかった。

眠れずに、ネットでマラドーナ関連の情報や思い出の画像や映像をひたすら追う。マラドーナの生きていた時間に浸っていたかったのだ。遠い存在であるはずのマラドーナがもう存在しないというだけで、何で自分はこんなに寂しいのだろう、と考えながら。

私は最初、マラドーナを好きではなかった。

私にとって、「サッカーの物心」がついたのが、1986年のワールドカップメキシコ大会だった。確かにマラドーナはすごかった。伝説のイングランド戦の5人抜きも生中継で見て度肝を抜かれたし、準決勝ベルギー戦の2点にも震えた。

けれど、決勝では私は西ドイツを応援した。大スターの天才一人で勝っていくチームとそれをもてはやすメディアに、若造の私は反感を覚えたから。西ドイツは全力で食い下がったが、それでもマラドーナのパス一本でアルゼンチンは優勝を決めてしまった。憎らしかった。

たぶん、大きな流れにすぐ反発を感じてしまう自分のこの性質がやがて、マラドーナの存在の在り方に私をシンクロさせていったのだろう。マラドーナこそ、筋金入りの永遠の反逆児なので。

1990年のワールドカップイタリア大会の決勝、西ドイツに負けたマラドーナは、常軌を逸した大泣きをしていた。悔しくて泣くのかと思ったら、「試合を盗まれた」と抗議しているのだった。

注意深くメディアの報道を調べてみると、マラドーナはいつでも体制や権威やメディアや政治に抗議していた。激しく、時に口汚く罵りながら。

権威と闘う「言葉の人」

あんなに楽しそうにサッカーを魔術的世界に変えてしまうのに、マラドーナの言葉はしばしば怒りに満ちていた。喜びも口にするけれど、マラドーナの心の基盤を作っているのは強烈な怒りのように私には感じられた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

海外製作映画に100%関税、トランプ氏表明 米産業

ワールド

シンガポール総選挙、与党が勝利 議席9割獲得

ビジネス

トランプ米大統領、中国と「公正な貿易協定」望むと表

ワールド

習近平氏、7─10日にロシア訪問 対独戦勝記念式典
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 9
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中