最新記事

韓国

「実は誰も会った人がいない」韓国政界で囁かれる文在寅の怖い話

2020年11月27日(金)16時45分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

文在寅大統領は民主化運動出身のはずだが…… Chung Sung-Jun/POOL/REUTERS

<米大統領や日本の首相とは異なり、実は文在寅大統領がメディアの前に登場することは極めて少ない>

韓国の秋美愛(チュ・ミエ)法相は24日、尹錫悦(ユン・ソギョル)検察総長の懲戒請求を行い、職務停止を命令したと発表した。法相が現役検事総長の職務停止を命じるのは、史上初の事態である。

秋法相は発表に伴い、尹総長が「(違法行為の疑いのあった)メディア社主と不適切な接触を持ち、チョ・グク前法相事件などで裁判所に対して違法な査察を行い、政治的中立に対する総長としての威厳と信望を損ねた」などなど、尹総長の様々な規律違反を理由として列挙したが、韓国メディアの報道にコメントを寄せた専門家の中に、この措置が妥当だとする向きはほとんど見当たらない。

尹総長はこの措置を不服とし、執行停止仮処分申請など法的手段で徹底抗戦する構えを見せているが、事態がどう進展するかは、ことの成り行きを見守るしかない。

それはさておき、ここで問題にしたいのは文在寅大統領の態度である。ここ数カ月、韓国メディアでは秋法相と尹総長のバトルが注目の的になってきた。秋法相は捜査指揮権を連発して尹総長の実権をほとんど取り上げてしまった。しかし、そんな法相の暴走ぶりに世論は反発。ある世論調査では本人が何の意思表明もしていないにもかかわらず、「次期大統領にふさわしい人物」として尹総長がトップにランクインした。

メディアはこうした事態を報じながら、「もはやこの混乱を収められるのは2人の任命権者である文在寅大統領しかいない」と繰り返し主張してきた。しかし文在寅氏は、秋法相から総長の懲戒と職務停止の方針を報告されても、何も語らなかったとされる。

果たして、文在寅氏のリーダーシップはどこにあるのか。

韓国では8月末、文在寅政権や与党との決別を宣言した5人の知識人が出した対談集『一度も経験したことのない国』が4週連続でベストセラー1位となった。その中身は、文在寅政権とその支持グループがいかに腐敗しているかを告発したもので、もちろん、文在寅氏本人にも批判の矛先が向けられている。

そして、著者のひとりであるカン・ヤングTBS(交通放送)記者は、次のような興味深いエピソードを語っている。

〈すごく怖い話を聞きました。民主化運動家出身の、名前だけ言えば誰でもわかる与党系の政治元老の告白です。「実は、文在寅大統領と会った人がいない」。彼の言う脈絡はこうです。金大中、廬武鉉大統領の場合、皆さんが言及した事例からも確認できるように、「私が提案した」「私と話し合った」という話を聞くことが珍しくないんです。しかし文在寅大統領の場合、直接会って、議論して、建議したという話を聞いたことがないというのです。〉

<参考記事:「文在寅一派はこうして腐敗した」韓国知識人"反旗のベストセラー"が暴く闇

韓国の大統領は、強大な権力を持っている。だから日本の読者には、文在寅政権の対北朝鮮政策や反日外交でも大統領が強いリーダーシップを発揮しているように見えているかもしれない。

しかし実際のところ、トランプ米大統領や日本の菅義偉首相とは異なり、文在寅氏はメディアの前に登場することが極めて少ないのだ。韓国にいる筆者の知人の中にも、こうした大統領の「不在」に、強い違和感を覚えている向きは少なくない。

23日に発表された韓国リアルメーターの世論調査によれば、文在寅大統領も与党も支持率を落としている。秋法相と尹総長のバトルが激化すれば、いっそうの下落もあり得るだろう。文在寅氏が事態の収拾に乗り出すのか、あるいは収集する能力を見せるかどうかに、彼がどのような存在であるかをうかがうヒントを見出せるかもしれない。

<参考記事:文在寅政権が日本を巻き込む「三文芝居」の軽薄な目的

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏

ビジネス

金、3100ドルの大台突破 四半期上昇幅は86年以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中