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トルコを紛争に駆り立てる「新オスマン主義」の危険度

Turkey Presses On with Activist Agenda

2020年10月14日(水)17時40分
シナン・ユルゲン(カーネギー・ヨーロッパ客員研究員)

国際世論に従わない外交・安全保障政策を追求するトルコのエルドアン大統領 MURAD SEZER-REUTERS

<ナゴルノカラバフに介入するのはエルドアンの自意識と被害者意識ゆえ。「大国トルコの復活」の呼び掛けは、経済停滞で不満をためた国民のガス抜きに最適だ>

たいていの人が忘れかけていたナゴルノカラバフ紛争が再び火を噴いた。国際社会は(珍しく一致して)四半世紀来の停戦の維持を呼び掛けているが、トルコだけは違う。同国のレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は無条件でアゼルバイジャンを支持すると宣言し、恒久的な解決につながらない停戦は無意味だと主張している(編集部注:ロシアは10月10日、アゼルバイジャンとアルメニアが停戦で合意したと発表した)。

東西冷戦終結後の1991年、旧ソ連のアゼルバイジャン共和国(イスラム教徒が主流)に属しながらもアルメニア系住民が多数を占めるナゴルノカラバフ自治州が民族の独立を掲げて蜂起、これに隣国アルメニア(東方教会系キリスト教徒が主流)が加勢して紛争は始まった。結果、アルメニアが同自治州を実効支配する形で1994年に停戦が成立。その後も散発的な衝突が繰り返されていたが、ここへきて本格的な戦闘が再開された。

なぜ戦闘は再開したのか。アルメニアと国境を接するトルコの外交姿勢が大きく変わったからだ。その背景には、トルコが冷戦後の国際秩序に幻滅し、「大トルコ圏」復活の夢に駆られて周辺地域への介入を深め、そうした機運を現政権が国内の支持固めに利用しているという事情がある。

トルコがアゼルバイジャンを支持するのは、まず第1にどちらも同じテュルク語圏に属し、文化的にも民族的にも親近感があるからだ。

さらに、国際社会に対する根深い不信感もある。冷戦終結以降、国連もEUも武力による領土拡大(例えばロシアによるクリミア併合の試みなど)を厳しく非難してきたが、ナゴルノカラバフについてはアルメニアに対する姿勢が甘かった。これは明らかな二重基準だと、トルコは強く反発している。

現状でアルメニアはナゴルノカラバフとその周辺(アゼルバイジャンの陸地面積の約20%に相当)を占領しており、そのせいで100万人弱が住む家を追われている。だが1994年の停戦を主導したミンスク・グループ(フランスとロシア、アメリカが主導)は事態の改善に動こうとしない。

この間、トルコはアゼルバイジャンとの経済・軍事協力を強化してきた。とりわけ軍事顧問の派遣や定期演習の実施、攻撃用ドローンの提供などを通じて、軍隊の近代化に手を貸してきた。

アゼルバイジャンはイスラエルからも最新鋭のドローンを購入するなどして軍事力を強化。その効果は今回の軍事衝突でも顕著に見られ、過去の衝突時に比べて、アゼルバイジャン軍の戦闘能力は大幅に向上している。

だからこそ「後見人」のトルコは強気になれる。アルメニア軍の占領地域からの全面撤退が唯一の解決策だという主張はその表れだ。

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