最新記事

米安全保障

トランプが職務遂行不能になったらアメリカの安全保障はどうなる?

What happens to national security and foreign relations if the president is incapacitated?

2020年10月9日(金)18時15分
ゴードン・アダムズ(アメリカン大学国際関係学部名誉教授)

新型コロナウイルスの集団感染で人が減ったホワイトハウス(10月8日)  Jonathan Ernst-REUTERS

<トランプとホワイトハウスを中心に新型コロナウイルスのクラスターが発生し、大統領をはじめ政府上層部の複数の要人が病院か隔離状態に。この緊急事態に各政府機関はどこまで対応できる?>

もしもドナルド・トランプ米大統領が病気で職務を果たせなくなったら、アメリカの安全保障と外交関係はどうなるのか。テロ攻撃や戦争勃発のような危機は何の前触れもなく発生する可能性があるため、これは重要な問題だ。

筆者は1990年代にはホワイトハウスで行政管理予算局の上級スタッフを務め、15年にわたって国土安全保障と外交政策について著書を執筆し、教壇にも立ってきた。その経験から言えるのは、そうした事態の時に役立つのが合衆国憲法修正第25条だ。大統領が職務を遂行できない場合に、本人またはほかの者たちが取るべき手順が定められている。だがそのプロセスには時間がかかるし、結果は必ずしも確実ではない。

誰がこの国の舵取りを行い、軍や外交官、スパイをはじめとする政府当局者たちに指示を出すのか。どんな時でもそれが誰だかはっきりしていることは、米国民にとっても世界全体にとっても重要な問題だ。

先行きが不透明なときほど、誰が必要な政治決断を下すのかがはっきりしていると国は安定する。国がウイルスのパンデミック(世界的大流行)や地球温暖化、山火事や外国勢力による選挙への介入、深刻な失業問題や人種間の対立に直面している今ならなおさらだ。

ホワイトハウスの新型コロナウイルス集団感染で、トランプはじめ統合参謀本部の複数の幹部や多くの政府高官が感染または濃厚接触により隔離状態にある今でも、いざというときの継承順位は大体決まっている。たとえマイク・ペンス副大統領が大統領代行になれなくても、継承プロセスを巡って政争や法廷闘争が起こったとしてもだ。だがトランプ政権ではそれがうまく行くのか。うまく行かなければ、誰が代わりにアメリカを率いるのか、主な機関別に見てみよう。

■米軍

危機が発生して軍を動員する場合、その決断は大統領が下し、国防長官から現場の作戦司令官に伝えられる。統合参謀本部のメンバーは正式な指揮命令系統には組み込まれていない。

軍の各担当部署はいずれも、起こりうる不測の事態に備えて入念な計画を作成している。必要とあれば、それを実行するための大勢の(官民両方の)要員が揃っているし、手順も具体的なプランもある。

だがどんな命令も、最高司令官から下されなければならない。トランプの就任以降、国防長官は3回交代しており、トランプ政権と軍の関係は必ずしも良好とは言えない。軍の士気は下がっていると言われている。責任者が誰なのかがはっきりしなければ、軍は命令に従うべきか否か迷ってしまうだろう。

■NSC

ホワイトハウスで外交政策と安全保障政策の統括を行う国家安全保障会議(NSC)の標準的な業務には、大統領が選んだ国家安全保障関連閣僚との定期的な会合などが含まれる。危機が発生してもこれらの会合は続けられ、危機対応について、大統領に複数の選択肢を示し、建策する。

NSCは長年、本来の役割である「選択肢の提示」の枠を越えて、政府機関に具体的な指図をしていると批判されてきた。

だがトランプ政権下における状況は、それよりさらに複雑だ。NSCを取り仕切る立場にあり、大統領の重要な相談役となる国家安全保障問題担当補佐官は、この4年間で(2人の補佐官代行を入れると)もう6人目だ。

加えて、政府関係者や元関係者が出したいわゆる「暴露本」からは、トランプがNSCの協議を待たずに決断を下したり、一部の中核メンバーにのみ相談するケースが頻発していることが伺える。

この場合に限っては、大統領が職務を遂行できなくなった場合、誰が決断を行うのかはっきりしない。国家安全保障問題担当補佐官には、独断で命令を出す権限はない。

■行政管理予算局

一般市民にはあまりよく知られていないが、大統領の職務遂行能力に疑問がある場合に、安定を確保する上でより重要なのが、おそらく行政管理予算局(O M B)だ。

ホワイトハウスに事務局を置き、大統領直属の組織である同局は、約400人の専任スタッフで構成されている。議会に送付する前に、全ての行政機関の予算や政策立案を(外交政策・安全保障政策上の観点からも)見直すのが彼らの仕事だ。予算や法律・規制の提案、計画立案プロセスは行政管理予算局が管理し、すべての政府機関はそれに従わなければならない。10月は次年度の予算案の見直しで大忙しだ。大統領と副大統領が予算案の作成に意見を述べるのは、通常は12月になってからだ。

危機が発生した場合、行政管理予算局は、様々な政府機関の間で資金を融通したり、各種機関の対応を指導したりする。だが同局に政策決定権はない。それは大統領、あるいはその他の上級スタッフが行うべきことだ。

行政管理予算局は2019年夏、国防総省に対して、ウクライナへの軍事支援を凍結するよう指示したが、これも大統領の指示だった。明確な責任者がいない場合、行政管理予算局もまた政府の予算や政策に影響を与えられる可能性は低い。

■国務省

政府部門の中で最も長い歴史を持つ国務省は、外交・国際関係を扱っている。大勢の専任スタッフ(民間職員も外交官も)を抱え、決められた外交手順やプロセスに従って業務を行っている。アメリカの行政権の所在に混乱が生じても、業務の流れが変わることはない。

だがトランプ政権になってからの国務長官は今のマイク・ポンペオで2人目で、政府に批判的な者たちは、トランプが国務省を「骨抜きに」し、業務の継続性と安定性を損なったと主張している。それでも外交官たちは、変わらず職務に励み、諸外国との秩序ある関係を維持していくことができる。

もしも大統領が業務遂行不可能になったとしても、外交政策と国土安全保障のシステムは安定を維持できるし、人員も確保できるだろう。だが真の安定と安心が担保できるかどうかは、秩序あるトップ交代が行われるかどうかにかかっている。

各政府機関には、重要な機能を維持し、既存の政策を推し進めていくための方法が確立されている。だが最終的には、「上」による意思決定と指導が必要であり、国の安定と展望の確保はホワイトハウスの主人次第だ。

The Conversation

Gordon Adams,Professor Emeritus,American University School of International Service

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

タイ、対米貿易黒字200億ドルに削減模索 農産物な

ワールド

マスク氏、州裁判官選挙に介入 保守派支持者に賞金1

ワールド

米テキサス・ニューメキシコ州のはしか感染20%増、

ビジネス

米FRB、7月から3回連続で25bp利下げへ=ゴー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中