最新記事

北朝鮮

北朝鮮「国家財産」盗まれ大問題......コロナ禍で食い詰め深刻

2020年10月7日(水)16時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

2019年4月にじゃがいもの加工工場を視察した金正恩(中央) KCNA/REUTERS

<深刻な不況に見舞われている北朝鮮で、国家機関や協同農場などからの窃盗事件が相次いでいる>

北朝鮮では過去、犯罪が多発した時期があった。一つは、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のころだ。国による配給システムが崩壊し、食べ物を得るすべを持たなかった人々が次々に餓死していった。

一般人同士の犯罪が多発する一方で、燃料、原材料不足で操業停止となった国営工場から設備を盗み出す人が相次いだ。北朝鮮の刑法は、91条から94条の4つを、国家財産の窃盗、横領、搾取に当てているが、これはその当時の状況を反映したものだ。

<参考記事:強盗を裁判抜きで銃殺する金正日流の治安対策

もう一つ、犯罪が多発した時期として挙げられるのは、2009年の貨幣改革(デノミネーション)の後だ。

金正日氏は、なし崩し的に進む市場経済化を食い止めて経済の主導権を国の手に取り戻すために、貨幣単位を100分の1に切り下げるデノミネーションを断行した。新券交換にあたって、地下経済に蓄積された富を収奪するために新券交換の額には上限を設けたことで、その結果、全財産を失った人たちが暴動を起こし、市場からは売り惜しみで物資が消え、餓死者が続出するなど、国は大混乱に陥った。

そして、2020年。国際社会の制裁に加えて、相次ぐ自然災害、新型コロナウイルスの対策の余波で、深刻な不況に襲われているが、国家機関、工場、企業所、協同農場での窃盗事件が相次いでいると米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

RFAが平安北道(ピョンアンブクト)の幹部の話として伝えたところでは、龍川(リョンチョン)の協同農場では、ある日の夜中に、畑の高麗人参がすべて盗まれる事件が起きた。犯人は複数人からなるグループだったという。高麗人参は栽培に数年かかるが、非常に高価で取り引きされるもので、国家財産として扱われている。

捕まれば、重罪に問われるのは言うまでもない。

<参考記事:美女2人は「ある物」を盗み公開処刑でズタズタにされた

このように国家財産が盗まれる事件は、9月だけで全国的に10数件も発生している。幹部はその原因について、新型コロナウイルス対策としての貿易停止、相次ぐ台風の被害による物価が上昇を挙げている。大きなダメージを受けた人々は、手当たりしだいに盗みに入って、品物を売り払い、食べ物を買っていると説明した。

事件の増加を受け、社会安全省(警察庁)は、社会安全省は、国家機関、工場、企業所、協同農場に対して武器を供給し、食糧倉庫などの武装警備を行し、特異事項を毎日人民委員会(市役所)や安全部(警察署)に報告するよう指示を下した。

別の幹部によると、住民は国の対策について否定的な反応を示している。

「最近起きている盗難犯罪は、ほとんどが生計型犯罪だ。根本的な対策を取るには国が人民の生活安定のための案を出さなければならない。それなのに武装自衛隊(自警団)の立ち上げ指示など、暴力的で強圧的な方法で問題を解決しようとするのはナンセンスだ」(前出の幹部)

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

独仏首脳が会談、トランプ関税にらみ結束アピール

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、年央までにECB目標達成と確信

ビジネス

ECB総裁ら、緩やかな利下げに前向き 「トランプ関

ビジネス

中国、保険会社に株式投資拡大を指示へ 株価支援策
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 3
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 4
    「バイデン...寝てる?」トランプ就任式で「スリーピ…
  • 5
    欧州だけでも「十分足りる」...トランプがウクライナ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    【クイズ】長すぎる英単語「Antidisestablishmentari…
  • 8
    トランプ就任で「USスチール買収」はどう動くか...「…
  • 9
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 10
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 8
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 9
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中