溺死した男児の写真から5年──欧州で忘れられた難民問題
WHERE’S THE “EXTRA COMPASSION”?
クルド人難民の男児アランの名を冠したドイツの難民救助船は昨年8月にもチュニジアからの避難民を救出していた DARRIN ZAMMIT LUPI-REUTERS
<溺死したクルド人男児の写真で目を覚ましたはずの欧州だったが、大きかった「特別な共感」は消え去ろうとしている。移民への反感を募らせる人々から抜け落ちた視点とは>
たった一枚の写真が、世論を変えた。5年前の秋のこと。それまではヨーロッパに押し寄せる「人間の群れ」(当時の英首相デービッド・キャメロンの表現)呼ばわりされていた難民たちが、急に「特別な共感」の対象となった。
Relatives of iconic drowned Syrian refugee find a home https://t.co/M4Mtjp0KkJ pic.twitter.com/2AxmwOQbLb
— CBS News (@CBSNews) December 28, 2015
2015年9月2日、トルコの海岸に男児の小さな遺体が打ち上げられた。うつ伏せに倒れていた。名はアラン。戦乱のシリアを逃れ、家族と共にギリシャへ渡ろうとしていたクルド人の子だ。8人乗りのボートには16人が乗り込んでいた。だから、すぐに転覆した。一緒にいた兄ガリブと母リハナも死んだ。それでもアランの写真が世界を変えた──少なくとも、当時はそう思えた。
カナダ在住のおばティマも、英BBCにこう語っていた。「神様があの写真に光を当てて、世界中の人の目を覚ましたんだ」
ヨーロッパは急きょ移民政策の見直しに動いた。この年、ドイツは100万人の難民を迎え入れた。
あれから5年。世界は本当に目を覚ましたのだろうか。知られている限りでも、今年だけで300人以上が、リビアから海を渡って欧州大陸に向かう途中で命を落としている。実数はもっと多いはずだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、8月にも移民・難民を乗せた船がリビア沖で転覆し、子供5人を含む50人近くが犠牲になった。
UNHCRの年次統計報告によれば、意に反して故郷を追われた人の数は昨年末時点で約8000万人。世界の総人口の約1%で、まだ増え続けている。その半数以上は国内にとどまっているが、難民申請の結果待ちをしている人が400万人以上いる。そして難民または国外避難民が約3000万人。主にシリアやベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマーから国外へ脱出した人々だ。
アランの写真が大々的に報じられると、イギリスはシリア難民への関与の姿勢を強化。キャメロン首相は「特別な共感を持つ国として、わが国は今後も困っている人々に救いの手を差し伸べる」と語り、20年までにさらに2万人のシリア難民を受け入れると約束した(この約束は今年で達成された)。
だが世界全体を見渡すと、あの光の神通力は徐々に消えつつある。そして気が付けば、押し寄せる難民の波に対する各国の見方は「歓迎」から「迷惑」に逆戻りしている。
「長続きしないことは分かっていた」と言うのは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で移民とメディアの関わりを研究するミリア・ジョージャウ教授だ。「あの写真で一度は各国の政策が変わったが、何度も見せられると世間は反応しなくなり、メディアの関心も別のところに移っていく。それが世の常だ」