ロシアの毒殺未遂にメルケルが強気を貫けない理由
Limited Sanctions for Navalny Poisoning?
現在は国際戦略研究所の上級研究員を務めるグールドデービスは「不思議なことに、トランプ政権はノルドストリーム2の建設をやめさせたいはずなのに、ナワリヌイ事件についてはほとんど言及していない」と指摘する。
「逆にメルケルはナワリヌイ事件を強く非難しているが、ノルドストリームについての発言はほとんどない。こうしたドイツとアメリカの立場の違いから矛盾が生まれ、さらに悪化していくのか。それとも意見の調和は可能なのか。その点が問われている」
パイプラインから撤退?
ロシア政府の経済顧問を務めたアンダース・オスルントは、ロシアにどのような制裁を科すにしても、アメリカの主導の下で行うべきだと主張する。「実行しやすいのは、ロシアのソブリン債を制裁対象として、外国市場での借り入れコストを引き上げる方法だ」と、オスルントは言う。「ロシア経済は、2014年にアメリカとEUが行った制裁の傷痕がまだ十分に癒えていない」とも、彼は言う。
ロシアを含む各国で諜報活動に携わった元CIA工作員のスティーブン・ホールは、制裁がどれだけ効果を持つかは疑問だと言う。「制裁については既に手詰まり感がある」と、ホールは本誌に語った。「西欧諸国が本気でウラジーミル・プーチン(大統領)に対抗したいなら、制裁よりも効果的な方法を見つけなくてはならない」
アメリカの元駐ロシア大使で、反トランプの急先鋒でもあるマイケル・マクフォールは8月、ワシントン・ポスト紙に寄稿。ナワリヌイ事件へのトランプの対応を批判し、「ロシアについては善と悪の境界が明白であり、トランプは悪の側にいる」と書いた。
そうなると全てはEUに、しかも加盟国で一番の経済大国であるドイツに託される可能性がある。だがドイツが総工費95億ユーロ(約1兆2000億円)規模のパイプライン事業を中止するには、国外で起きた殺人未遂について国内世論が高まることが必要だ。しかも、この事業にはヨーロッパ12カ国から約100社が参加している。中止によって甚大な経済的損失を被るのはドイツだけではない。
昨年12月には、アメリカがこの事業の参加企業を対象にした制裁を決定し、主要な参加企業の一部が建設作業を停止していた。メルケルは、ドイツがアメリカの圧力に屈したようには見えない形でこの事業から手を引くには、今がチャンスだと計算しているのかもしれない。