最新記事

台湾の力量

台湾の力量:コロナ対策の原動力はスピード感、透明性、政治への信頼

HOW TAIWAN BEAT COVID-19 WITH TRANSPARENCY AND TRUST

2020年8月3日(月)07時05分
ニック・アスピンウォール(ジャーナリスト)

蘇首相も、自らを自虐的に漫画化したキャラクターを使ってメッセージを流し、マスクの着用を促し、トイレットペーパーのパニック買いをやめるよう求めた。保健省も柴犬のキャラクターを「広報犬」に起用している。

タンはこうした手法を「台湾モデル」と呼び、「政府を市民社会から遠い存在にしないやり方」と評価する。「政府は人々のためだけではなく、人々と共に力を合わせて動く。だからそのメッセージが心に響く」

こうした政府の対策と、それを動機付ける協力の精神は、台湾の政府と民衆に新たな自信を与えた。「以前は政府も民衆も、ある種の劣等感を抱いていた。でも今は他国と対等と考えることができる」。オレゴン州大の紀はそう言った。

馬英九(マー・インチウ)前総統時代に続いた中国との緊密な関係は、2016年に蔡が総統に選出されたことで終わり、台湾が中国依存を減らし、主権を強く主張する時代が到来した。だが蔡の最終的な目標が台湾独立だと受け止めた中国政府は、台湾との公的なつながりを全て断絶。さらに台湾の外交関係を次々と盗み取り、各種国際組織に「台湾外し」の圧力をかけていった。

台湾はいわゆるマスク外交でこれに抵抗。数十カ国に計5000万枚超のマスクを寄付した。公衆衛生外交の一環として行った各国へのマスク寄付は、日本の安倍晋三首相を含む諸外国の指導者から称賛された。オーストラリア国立大学で台湾政治を研究する宋文笛(ソン・ウェンティー)は、これで「諸外国の政府や人々の間で台湾のイメージが大幅に向上した」とみる。

5月に台湾がWHOに求めた年次総会へのオブザーバー参加は、最終的には見送られたが、アメリカ、オーストラリア、欧州各国や日本からは支持が寄せられた。日本は今年の外交青書で初めて台湾を「極めて重要なパートナー」と位置付け、台湾によるWHO年次総会への参加支持を明記した。

米シンクタンク「ウッドロー・ウィルソン国際研究センター」の後藤志保子上級研究員は、「過去4年で台湾の評価は上昇している」と指摘。「これまで台湾支持に消極的だった国々が、今では堂々と台湾を支持している」と述べている。

台湾の注目度が高まっている背景には、もちろんアメリカとの強力な関係がある。

アメリカは3月、新型コロナウイルス対策で台湾との協力を発表し、ツイッターで台湾のWHO年次総会参加を支持する活動を立ち上げた。しかしトランプ政権はWHOに脱退を通告した。宋はこれで「強いリーダー不在の世界」が始まり、一時的な打撃はあっても最終的には「台湾にとってもっと自由が利く」時代が訪れる可能性があるとみている。

「台湾モデル」周知の時代に

台湾奪還のためには武力行使も排除しないとしている中国は、台湾との境界近くで軍事行動を強化している。台湾の防衛筋によれば、6月のある1週間には、中国の軍用機が台湾の防空識別圏に侵入する事態が6回も発生した。蔡政権はまた、中国が背後にいるとみられるサイバー攻撃やメディアなどを通じた偽情報拡散にも警戒心を強めている。

【関連記事】台湾IT大臣オードリー・タンの真価、「マスクマップ」はわずか3日で開発された
【関連記事】さらば李登輝、台湾に「静かなる革命」を起こした男

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、クルスク州の完全奪回表明 ウクライナは否定

ワールド

トランプ氏、ウクライナへの攻撃非難 対ロ「2次制裁

ワールド

イラン南部の港で大規模爆発、14人死亡 700人以

ビジネス

アングル:ドバイ「黄金の街」、金価格高騰で宝飾品需
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 9
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中