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中国経済は悪化していたのに「皇帝」が剛腕を発揮できた3つの理由

2020年7月22日(水)17時55分
近藤大介(ジャーナリスト) ※アステイオン92より転載

社会主義と市場経済の亀裂

第三に、社会主義市場経済は継承したものの、習近平主席が圧倒的に注力したのは、社会主義の方であって、市場経済ではなかった。中国の政治家が、どのくらい市場経済を重視しているかは、その政治家の国有企業改革に対する姿勢を見れば一目瞭然だ。なぜなら中国は、重厚長大な国有企業がほぼすべての基幹産業を支配しており、これらをどう改革していくかが常に問われているからだ。

経済通の李克強首相は当初、「三歩走」(三つのステップ)の国有企業改革を説いた。それは、第一段階で市場化(市場に適合)させ、第二段階で多元化(民営企業、外資系企業と平等化)させ、第三段階で民営化させるというものだ。これらは日本のアベノミクスにちなんでリコノミクスと呼ばれた。

ところが、市場経済よりも社会主義を重視する習近平主席は、リコノミクスを歯牙にもかけなかった。二〇一五年八月に決定した国有企業改革の指針は、「二歩走」(二つのステップ)。すなわち、第一段階で肥大化(主に同業他社と合併)させ、第二段階で集中化(党中央の指導に集約)させるというものだった。つまり、国有企業を民営化させて市場を活性化するのでなく、焼け太らせてその利権をすべて習主席のもとに集中させるということだ。

これは「盟友」ウラジーミル・プーチン大統領の統治手法を真似たものとも言われる。だが天然資源がGDPの過半数を占めるロシアと、サービス業と製造業が中心の中国とでは、まるで経済の土壌が異なる。このため、習近平時代になってから、社会主義と市場経済との矛盾が、あらゆる場面で噴出するようになったのである。

そもそも社会主義と市場経済という二つの概念は、前述のように根本的な矛盾を孕んだものだ。それが鄧小平時代には、中国経済が脆弱だったため、露呈することはなかった。だが、習近平時代には世界二位の規模に膨らんでおり、もはや「制度疲労」はいかんともしがたいレベルに達していた。

こうした結果、習近平時代になって、中国経済はずるずると後退していったのである。一期目五年の習近平政権の通知表をつけるとしたら、政治・外交・軍事の分野は満点に近いが、経済分野は「不可」である。

それでも、習近平体制の二期目を迎えた二〇一七年一〇月の第一九回共産党大会で、経済失政はまったく問われなかった。それどころか、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を党規約に盛り込むことを採択。翌年三月の全国人民代表大会でも、憲法を改正してこれを盛り込んだ。二五カ所も手を入れた憲法改正では、国家主席の任期も取っ払ってしまい、半永久政権への道筋をつけた。かつそのことへの批判を封じ込める監察委員会設置条項まで付記する念の入れようだった。

憲法も思いのまま、人事も思いのまま(年齢制限で一度は引退を余儀なくされた王岐山を国家副主席で復活させるなど、幹部を側近で固めた)、機構も思いのまま(六省庁を廃止し七省庁を新設した)。「強国建設」を宣言し、満場の拍手を浴びて全国人民代表大会が閉幕した二〇一八年三月二〇日は、まさに習近平主席の権力と権威が、最高潮に達した瞬間だった。

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