中国経済は悪化していたのに「皇帝」が剛腕を発揮できた3つの理由
中国経済が悪化しているにもかかわらず、習主席はどうしてこのような剛腕ぶりを発揮できたのか。その理由は、主に三つあった。
第一に、中国共産党内の権力闘争で、圧倒的な勝利を収めていたため、「反習近平派」が消滅してしまったことだ。「中南海」は、ほぼ「親習近平派」で固められ、残りはとても抵抗勢力とは言えない「非習近平派」だった。
第二に、鄧小平が一九七八年に改革開放政策に舵を切って以来の経済発展の「貯金」があったことだ。中国は「世界の工場」として成長し、「世界の市場」として安定し、いまや「世界の企業」として発展を見せていた。「一帯一路」(ワンベルト・ワンロード)という習近平政権の広域経済圏構想は、中国企業を世界に進出させるためのツールだった。
第三に、これは非常に興味深い現象だが、世界がAI(人工知能)時代を迎える中で、AIと社会主義との親和性が、頗るよかったのである。そのため、「中国はアメリカを超えるAI大国になる」という予測が、中国内外で上がり始めた。再び時代遅れの危機に陥っていた社会主義という政治スタイルは、皮肉にも最先端のAIという滋養を得て、にわかに復活を遂げたのである。
AIの発展に欠かせないのが、ビッグデータを駆使したディープ・ラーニングである。この点、個人のプライバシーをあまり気にせずに一四億人の個人情報を取り放題の中国は、日米欧の民主国家よりもAIが発展する素地があった。
まさに、イギリスの作家ジョージ・オーウェルが一九四九年に著した『一九八四年』の世界が、習近平時代の中国で現実のものになろうとしていた。ビッグブラザーとその偉大性を宣伝煽動する真理省が、「自由は隷従なり、無知は力なり......」と唱えて、オセアニアという国を支配していく世界だ。
二〇一八年春に北京で会った若手科学者たちは、私にこう解説した。
「外国の人は、中国が個人のプライバシーを尊重しないと批判しますが、五年後(二〇二三年)にIoT(物のインターネット)が普及し、ひと家庭あたり一〇〇個も二〇〇個もインターネットに接続される時代になると、世界中でプライバシーなんかなくなりますよ。だって、寝室のベッドの温度変化だって記録に取られるんですよ。おそらく今後一〇数年のうちに、『プライバシー』という言葉自体が死語と化すでしょう」
便利を取るか、プライバシーを取るか――AI時代を迎えて世界中で議論が巻き起こる中、中国は一も二もなく便利を選択した。それによって、アメリカを超える世界一のAI強国を目指しているのである。「学習強国」というAIによる監視機能付きのスマホのアプリが導入され、世界最大規模の政党である九〇〇〇万中国共産党の党員たちは、日々の学習を強いられるようになった。「学習」には「習(近平の教え)を学ぶ」という意味を掛けていて、習近平思想をスマホで学習するのである。
※転載後編:コロナ騒動は「中国の特色ある社会主義」の弱点を次々にさらけ出したに続く。
近藤大介(Daisuke Kondo)
1965年生まれ。東京大学教育学部卒業、国際情報学修士。講談社(北京)文化有限公司副社長を経て、『週刊現代』特別編集委員、現代ビジネス連載コラムニスト。専門は中国、朝鮮半島を中心とする東アジア取材。2008年より明治大学講師(東アジア論)も兼任している。新著に『アジア燃ゆ』(MdN新書)、『中国人は日本の何に魅かれているのか』(秀和システム)、『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)がある。
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