最新記事

北欧

スウェーデンはユートピアなのか?──試練の中のスウェーデン(上)

2020年7月9日(木)17時30分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

与党社会民主党は大幅に議席を減らしながらも第一党としての地位を保ち、情勢厳しいながらも当面の続投を表明した。ステーファン・ルヴェーン首相は、穏健連合党との連携も示唆しながら、スウェーデンのブロック政治の終焉にまで言及したが、集まった党員や支持者らからは「スウェーデンには再び社会民主党政権が必要だ!」という合唱が響いた。

対する野党の穏健連合党は社会民主党と同じくらいに議席を失いながらも、党首のウルフ・クリステションはこれでルヴェーン首相を退陣に追い込んで「スウェーデンのための同盟(アリアンセン)」で政権を奪取できるとして新政権を担当する意欲を見せた。議席数を大きく失いながらも、両党には惨敗のときに漂う茫然自失の様子は見られなかった。その一方で、スウェーデン民主党は議席の増加数が最も多かったことで勝利宣言を発した。その他、議席を伸ばした左派党や、一時は全議席を失うとさえ危ぶまれながらもエッバ・ボッシュ・トール新党首のもとで息を吹き返して歴史的勝利を収めたキリスト教民主党などでは祝賀ムードにさえ包まれた。

しかし、新政権の成立は円滑には運ばなかった。というのも、スウェーデン議会の定数三四九議席のうち、いずれの政党もまたブロックも過半数を獲得することができず、宙吊り議会(ハング・パーラメント)となったからである。

スウェーデンでは、少数派政権は珍しいことではない。たとえ少数派政権でも「消極的議院内閣制」によって絶対的多数派が政府を不信任としなければ、政権は維持されうるという慣習がある。それでもなお、連立交渉において各ブロック内で連立交渉が難航し、政権の樹立がスムースに進まなかった。その理由には、政策ごとの政党間の不一致も大きく作用してアリアンセンで内紛が表面化したこともあったが、最もネックとなったのがスウェーデン民主党への対応である。

スウェーデン民主党と連立の道を模索すればいずれのブロックも安定的な政権運営が可能となる。ところが、どの政党もこのスウェーデン民主党とは、連立を組むことに難色を示した。それは、同党がネオナチに源流を持ち、移民の排斥を訴える極右政党だからである。最終的には、年が明けた二〇一九年一月一八日に、ステーファン・ルヴェーンを首相とする社会民主党と環境党・緑との連立政権が成立したが、その間一三一日という史上最長の政治空白が生じたのであった。

スウェーデン民主党はどんな政党か

では、それほどまでに排除され、防疫線を張られたスウェーデン民主党とはどのような政党なのだろうか。スウェーデン民主党は一九八八年二月に結党された政党で、「スウェーデン人の利益代表政党」としてスタートした。この政党は、「新スウェーデン運動」や本流のナチス組織が合流する形で誕生したが、その活動は全身黒尽くめのスキンヘッド集団が街頭を闊歩するような典型的なネオナチそのものであった。傍流として、減税を訴える不満政党「進歩党」の流れも汲んでいるが、高い失業率や高い税金で苦しむ若年層、年金生活者の高齢者層などがその支持者層であったことから、スウェーデン民主党は福祉ショーヴィニズムを主張する政党となっていった。

その福祉ショーヴィニズムの矛先は、年々増加していた移民/難民へと向けられていた。いまでこそ移民/難民を積極的に受け入れ、ヨーロッパでも最も寛容な国の一つといわれるスウェーデンだが、歴史を紐解けばかなり閉ざされた国であった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中