最新記事

北欧

スウェーデンはユートピアなのか?──試練の中のスウェーデン(上)

2020年7月9日(木)17時30分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

これは、「スウェーデン=社会民主主義」という一種のドグマに囚われた言説にほかならないが、スウェーデンがオール社会民主主義ではないことくらいは贅言(ぜいげん)を要しない。むしろスウェーデン政治史を知っていれば、社会民主主義そのものが保革間での激論の対象であったことは自明のことである。それにもかかわらず、社会民主主義のイメージを先行させながら「スウェーデン」という国名を代入することで、スウェーデンそのものを恣意的な概念(もしくはバズワード)として括っているにすぎない。吉田徹は、社会民主主義はスウェーデンだけではなく、イギリスや欧州大陸にも様々な社会民主主義のヴァリエーションがあるのであり、スウェーデンという「約束の地」を設定することで「上滑り」の議論に終始してしまう自家撞着に陥っていると指摘して、スウェーデンに拘泥する井手の主張に疑問を呈している(吉田徹『「富山は日本のスウェーデン」なのか│井手=小熊論争を読み解く』SYNODOS、2019.6.24. https://synodos.jp/politics/22791 を参照)。

井手の議論に象徴されるように、良くも悪くも引き合いに出されてきたスウェーデンという固有名詞は、社会民主主義の旗手であるかのような「イデオロギー」として扱われてきたといえる。これは、さきほど紹介したような賛否両論の中でも、なぜスウェーデンに関する言説に憧憬と拒絶が見られるかといえば、「イデオロギー論争」のモデルとしてスウェーデンが長らく位置づけられてきたからにほかならない。二〇一九年に『タイムズ』誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたグレータ・テューンバリ(日本ではしばしばグレタ・トゥンベリで報道されている)に対する敵愾心も、グレータがスウェーデン出身であることから「イデオロギー」的な好悪の感情によって誘発されている側面もあるのではないか。

井手は、スウェーデンの社会民主主義を語るうえでどうしても外せない人物として、社会民主主義の代名詞とされてきた「国民の家」演説を行ったパール・アルビン・ハーンソンを挙げている。しかし、この短絡的な引用は壮大な矛盾を浮かび上がらせている。というのも、「国民の家」は社会民主主義のテーゼから必然的に導き出されたものではないからである。「国民の家」概念はもともと保守勢力の理念であり、国民的な幅広い支持を得るためにハーンソンはそれを取り込んだにすぎない。スウェーデンを「イデオロギー」としてとらえることは、スウェーデンに存在する社会民主主義以外の政治思想を捨象することになり、そのことで右派や保守などの側から見るスウェーデンを見落としてしまう。

その右派や保守の観点でいえば、昨今のスウェーデン政治においては、〝極右政党〞と言われる「スウェーデン民主党」の台頭が大きな関心となって学界やメディアでも取り上げられている。では、このスウェーデン民主党の躍進はどのように捉えるべきなのだろうか。それを次に見ていくことにしよう。

asteion92_20200709shimizu-chart.png

「アステイオン」92号77ページより

二〇一八年の「敗者なき選挙」

二〇一八年九月に行われたスウェーデンの議会選挙は、「敗者なき選挙」のような様相を呈した。各党の獲得議席と前回(二〇一四年)とを比較した議席増減数をまとめたものが表1である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英BP、第2四半期は原油安の影響受ける見込み 上流

ビジネス

アングル:変わる消費、百貨店が適応模索 インバウン

ビジネス

世界株式指標、来年半ばまでに約5%上昇へ=シティグ

ビジネス

良品計画、25年8月期の営業益予想を700億円へ上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 10
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中