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スウェーデンはユートピアなのか?──試練の中のスウェーデン(上)

2020年7月9日(木)17時30分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

一九二七年に制定された「外国人法」では、「労働市場の保護」とともに「純粋な人種性の保持」が謳われ、世界でも稀有な北欧の均質さと純血性は保持すべきものと定められて、外国人に対しては極めて排他的であった。これは二〇世紀前半に持て囃された「人種生物学」と呼ばれる優生思想に基づくものであり、その目的は次世代の生存のために可能な限り健康体となるように社会整備を図るものとされた。これはすなわち、のちの福祉国家建設にあたって有益な人間を画一的に創り、スウェーデンで行われていた障碍者への強制不妊手術を正当化する理論的根拠となるものであった(いうまでもないが、この人種生物学の科学的根拠は否定されている。ただ現在でも、政策決定にあたってスウェーデンは必ず科学的根拠を参照して立法を行う)。

一九二一年五月一三日の政府提出法案による議会決議を経て一九二二年には世界初の国立の「人種生物学研究所」が大学街ウップサーラに設立されたが、この人種生物学は国家主導のプロジェクトとして推進された。この研究所の設立のための両院の議員動議を見てみると、首相経験者である右派党のアルヴィッド・リンドマンとともに、社会民主党の首相であるヤルマル・ブランティングをはじめ、のちの農民同盟(現、中央党)に合流する自由農民グループの政治家など超党派で署名していることが見て取れる。ブランティングは、スウェーデン初の社会民主党政権の首相を務め、スウェーデンの社会民主主義の基礎を築き上げた人物として歴史に名を残している。

こうした人種生物学は当時の著名な文化人らによっても支えられた。さらに地政学で有名なリュードルフ・チェレーンの唱えた「アーリア人種論」や彼の属した右派党の党内派閥である「国家グループ」の「人種生物学的移民管理」も有力視され、当時は移民の流入は「難民侵略」とまで呼ばれた。ここに、スウェーデンの社会民主主義の暗部と保守との接点があるが、この点からみても「スウェーデン=社会民主主義」と単純に括ることの危うさが認識できるだろう。さきほどのハーンソンの「国民の家」も、こうした保守層の理念を取り入れて提唱されたことは改めて強調しておいてよいだろう。これはスウェーデン民主党の持つ理念とも大きく関わってくるからである。

このような排他性によって、ナチス・ドイツで迫害されているユダヤ人も「望まれざる難民」として一九四一年までスウェーデンはその受け入れには非常に消極的であった。しかも、大戦中に自国の安全保障や「中立」を脅かすおそれのある者は、外国人も含めて全国一四カ所に建設された「強制収容所」に裁判所の令状なしに収容するなど、緊迫した状況にあった。スウェーデンという国は、自国を守るためには手段を選ばない側面もあることは付言しておいてもよいだろう。

しかし第二次世界大戦末期には、フォルケ・バーナドットの指揮のもとスウェーデン赤十字社が派遣した「白バス」によってドイツの強制収容所の多くの収容者が救出され、ハンガリー駐在の外交官ラウル・ヴァッレンバリによってもユダヤ人の救出が行われた。

また、一九四五年一月に議会に設置された「サンドレル委員会」でも、強制収容所の問題やスウェーデンの公安警察の活動の妥当性など、それまでの厳格な政策に反省が加えられた。また、大戦中に受け入れていたバルト三国出身者が貴重な労働力となったことで、「労働市場の保護」や「純粋な人種性」という政策の妥当性も失われていった。

※第2回:保守思想が力を増すスウェーデン──試練の中のスウェーデン(中)に続く。

※第3回:ロシアの脅威と北欧のチャイナ・リスク──試練の中のスウェーデン(下)

清水 謙(Ken Shimizu)
1981年生まれ。大阪外国語大学外国語学部スウェーデン語専攻卒業。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係論コース)にて、修士号取得(欧州研究)。同博士課程単位取得満期退学。主な著書に『大統領制化の比較政治学』(共著、ミネルヴァ書房)、『包摂・共生の政治か、排除の政治か─移民・難民と向き合うヨーロッパ』(共著、明石書店)など。

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当記事は「アステイオン92」からの転載記事です。
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