最新記事

Black Lives Matter

コロナ禍なのにではなく、コロナ禍だからBlack Lives Matter運動は広がった

FROM PANDEMIC TO PROTEST

2020年7月1日(水)11時35分
パム・ラムズデン(英ブラッドフォード大学心理学講師)

BLM運動には一部の医療従事者からも応援の声が上がった(英ロンドンの聖メアリー病院) DYLAN MARTINEZ-REUTERS

<社会心理学で読み解く黒人差別反対デモ拡大の理由。未知のウイルスに怯えていた人々が社会運動に生きる意味を見いだした。本誌「Black Lives Matter」特集より>

白人警察官に首を押さえ付けられたジョージ・フロイドが、「息ができない」と訴え、絶命する映像は、多くの人の脳裏に焼き付けられ、永遠に忘れられることはないだろう。その衝撃的な映像は、事件が起きたミネソタ州ミネアポリスだけでなく、全米そして世界各地でBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動に火を付けた。
20200707issue_cover200.jpg
警察の過剰暴力によって黒人が無残に殺されたのは、フロイドが初めてではない。これまでにも、数え切れないほどの黒人が似たような状況で命を落とし、その度に改革を求める声が上がっていた。だが、今回のように、ニューヨークから南アフリカのケープタウンまで、あらゆる年代と経歴の人々が抗議デモに参加したことはなかった。

そこには、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)と、現代人のソーシャルメディアの消費方法が大きく関係している。

新型コロナの感染拡大を防ぐために、多くの都市でロックダウン(都市封鎖)が敷かれると、人々がソーシャルメディアで費やす時間は急増した。家に籠もって感染者や死者の急増、医療崩壊、家族との別れといった陰鬱なニュースばかりを延々と消費し続け、ますます暗い気分になる現象は、「ドゥームスクローリング」という新語まで登場させた。

さらに、新型コロナは未知のものへの不安と恐怖も生み出した。マスクは効果的なのか、PPE(個人用防護具)はどこまで必要なのか、どうすれば検査を受けられるのか──。ソーシャルメディアには間違った情報や嘘もはびこっている。

かねてからソーシャルメディアが、鬱病や不安障害を引き起こす可能性があることは、多くの研究で指摘されてきた。最近では、ソーシャルメディアにさまざまな投稿をして、積極的に交流に参加する人よりも、コンテンツを読んでいるだけの人のほうが、ストレスや鬱や不安を感じやすいという研究結果もある(ただし実際にはその逆で、鬱や不安を抱える人は積極的に投稿をしないのかもしれない)。

【参考記事】BLM運動=「全ての命が大事」ではない 日本に伝わらない複雑さ

家で怯えている自分との決別

死や感染についての情報を延々と目にしていると、心理学で「恐怖管理理論」と呼ばれる状況が生み出されることが多い。人間は自分の命を脅かす恐怖に直面すると、公正な世界観やナショナリズム、信仰などによって恐怖を緩和しようとする自衛メカニズムが働くという考え方だ。

この自衛メカニズムがうまく働かないと、人間は丸裸で脅威にさらされていると感じる。すると何らかの社会集団や共同事業とのつながりを求め、意義のあることに身をささげようとする。

【話題の記事】世界最大の中国「三峡ダム」に決壊の脅威? 集中豪雨で大規模水害、そして...

フロイドの死は、構造的人種差別や、非白人に対する警察の暴力の歴史と相まって、共同事業すなわちBLM運動の空前の盛り上がりを生み出した。それは参加者に、意義と目的を与えてくれる。大きな集団への所属意識を与えてくれる。そして新型コロナに対する恐怖を、極端に小さくしてくれる。

私はもう家でびくびく怯えながら暮らしている人間ではなく、人生に意味を見いだし、目的意識を持って生きている──。人々はそう思いたがっているのだ。BLM運動に参加することで、彼らは心理学で存在脅威の顕在化と呼ばれるものを求める。つまり、世界観や価値観や社会における目的を明確に意識して経験したいという欲求だ。

それだけに、デモ参加者の多くは、自分とは異なる意見を一切拒絶し、自分と同じ価値体系を持つ人は誰でも支持する。具体的には、警察の暴力は構造的なものではなく、偶発的なものにすぎないと言う人や、現在の状況は「一握りの腐ったリンゴ」がもたらした事故にすぎないと言う人を徹底的に否定する。

一方、改革と正義を求める政治指導者は絶賛を浴びる。ドナルド・トランプ米大統領に忖度して、共和党の政治家がそろいもそろってBLM運動に批判的ななか、ワシントンのデモに参加したミット・ロムニー上院議員がいい例だ。

BLM運動は世界に広がり、重要な大義とコミュニティーに参加する機会を世界中の人にもたらした。ソーシャルメディアには、平和的なデモ隊に警察が催涙ガスを浴びせたり、暴力を振るったりする動画や写真が一段とあふれ、一層多くの人が警察の暴力や司法の不正義を「目撃した」気になり、ますますBLM運動を盛り上がらせる。

新型コロナの第2波を警告する声があろうと、人々はこの共同事業に全身全霊をささげ、感染リスクを冒す価値がある大義だと考える。その考えに同調する医療従事者もいる。

BLM運動は、人々が再び人生に意味を見いだし、大勢が力を合わせれば変化をもたらすことができるという感覚を与えているようだ。未知のウイルスに直面したからといって、ソーシャルディスタンスと手洗いと安全に暮らすことだけを考えている必要はない。人種差別や社会の不正義、そして警察の暴力に反対する共同事業に参加できるのだ、と。

多くの人はパンデミックの恐怖から、生きる意味を再発見した。

【参考記事】BLMの指導者「アメリカが我々の要求に応じないなら現在のシステムを焼き払う」の衝撃

The Conversation

Pam Ramsden, Lecturer in Psychology, University of Bradford

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<2020年7月7日号「Black Lives Matter」特集より>

20200707issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中