最新記事

東南アジア

「#パプア人の命は大切だ」 インドネシア、米黒人暴行死デモに触発される先住民差別

2020年6月9日(火)20時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

インドネシアにとってパプアをめぐる差別問題は根深いものがある。写真は反逆罪で拘束され抗議のボディペイントをして出廷するパプア人活動家。WILLY KURNIAWAN-REUTERS

<米国での黒人差別への抗議は、東南アジアの先住民差別にも火を放った>

新型コロナウイルスの感染拡大が現在のインドネシア政府、社会の最大の課題であることは間違いない。だが、それとは別の問題が、平均的インドネシア人の心底に潜むある意識を揺れ動かしている。

この国の人びとの琴線に触れたのが、全米を中心に今や欧米各国や日本でも連帯の輪が拡大している米警察官による過剰制圧で黒人が死に至った事件で、それを端緒にして広がっている「黒人への差別」という人種問題である。

インドネシアのSNSではハッシュタグ「#Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」にちなんで、「#Papuan Lives Matter(パプア人の命は大切だ)」が静かに広まり、民族的、人種的そして宗教的少数者でもあり、軍や警察という治安当局によっていわれなき迫害、暴力、殺害などの人権侵害などに直面しているパプア人への「差別」の存在がクローズアップされているのだ。

インドネシアのパプア問題とは

インドネシアの東端、世界で2番目に大きい島とされるニューギニア島の東半分は独立国パプアニューギニアだが、ほぼ直線に近い南北の陸の国境を隔てた西半分はインドネシア領のパプア州、西パプア州というパプア地方である。パプア地方の住民はメラネシア系のパプア人でキリスト教徒が大半を占める。

インドネシアの人口約2億6000万人の約88%を占めるイスラム教徒に対しキリスト教徒は約9.8%、約40%を占めるジャワ人に1.2%のパプア人と、極めて少数派の存在である。

そうしたことに加えて遠隔地である山間部などで暮らすパプア人の伝統的民族衣装が、男性は「コテカ」と呼ばれるペニスサックだけ、女性は下半身を覆う腰蓑状のものだけという点も、多数派インドネシア人からみてパプア人を「未開民族」「生活・教育水準が低い民族」として差別と嘲笑の対象とすることが多いのが現実である。

インドネシア人の中には政治家、知識人も「パプア人はインドネシア領であることに反発しておらず、共生を願っている」と公然と話す人が多い。しかし長年の人権侵害に苦しめられ虐げられてきたパプア人は、インドネシア人には滅多に胸襟を開かない。またインドネシア人に忖度することで平穏に生きる術を身に付けざるを得なかったことに思い至るインドネシア人は極めて少ない。

米国での事件をきっかけに拡大する人種差別反対運動がインドネシア人の心の中で改めて今、差別意識が問い直されようとしているのだ。


【関連記事】
・米政権のデモ弾圧を見た西欧諸国は、今度こそアメリカに対する幻想を捨てた
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・黒人男性ジョージ・フロイドの霊柩車に、警官がひざまずいて弔意を示す
・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら...

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送NY外為市場=ドル上昇、米中緊張緩和への期待で

ビジネス

トランプ氏、自動車メーカーを一部関税から免除の計画

ビジネス

米国株式市場=続伸、ダウ419ドル高 米中貿易戦争

ビジネス

米経済活動は横ばい、関税巡り不確実性広がる=地区連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 10
    ウクライナ停戦交渉で欧州諸国が「譲れぬ一線」をア…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中