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「#パプア人の命は大切だ」 インドネシア、米黒人暴行死デモに触発される先住民差別

2020年6月9日(火)20時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

大学生差別事件が開けたパンドラの箱

2019年8月17日、インドネシアの独立記念日にその事件は起きた。国旗を侮辱したとのネット上の偽ニュースに惑わされたスラバヤ警察が市内の大学生寮から多くのパプア人学生を強制連行しようとした際、警察官や周辺住民などから「サル」「ブタ」「コテカ」などの差別語が投げかけられたのだった。

その様子はSNSを通じて全国に瞬時に拡散し、各地のパプア人が「差別反対」のデモ、集会を組織し、パプア地方ではデモが暴徒化して死者40人以上が出る事態に発展した。

パプア人は普段から受けていた非パプア人による差別への怨念と不満を一気に爆発させ、非パプア人は心の中に潜む「優越感」を突出させてデモを非難。軍や警察などは力による鎮圧に乗り出したのだった。

ジョコ・ウィドド大統領はパプア人の差別反対運動がパプア人の長年の願望である「独立の是非を問う住民投票実施要求」に変質することを恐れ、「インフラ整備」「生活・教育水準の拡充」「過去の人権侵害事件の真相解明」などでパプア人たちの理解と支持を得ようとする一方、軍・警察をパプア地方に増派して治安維持名目で運動を抑えこんだ。

この際、パプア地方は携帯電話やインターネットが使用不能になる「通信遮断」措置が講じられる事態になった。

通信遮断で大統領に謝罪せよとの判決

6月3日、首都ジャカルタの行政裁判所は「独立ジャーナリスト連盟」や「インドネシア法律扶助協会(YLBHI)」などが国を相手取った「2019年8月以降のパプア地方での通信遮断は違法である」という訴えに、「非常事態宣言の伴わない通信遮断は法律違反である」として、大統領と情報省に公式の謝罪を求める異例の「有罪判決」を下した。

この判決は「パプア人に有利な判決」「大統領、政府機関に謝罪を求める判決」という点で異例の判決として注目されている。

もっともジョニ通信情報相は判決に対して今後法的対応を検討するとしたコメントの中で「通信情報省内部にはパプアでの情報遮断を検討した記録も、指示した記録も残っていない」としており、権限を有する通信情報省とは無関係に通信遮断が実行された可能性が浮上している。

2019年8月12日から9月4日まで断続的に実施されたパプア地方での通信遮断に関しては治安当局が「偽ニュースや悪意のある情報の流布などで治安が悪化する懸念がある」と説明。

他方、人権団体などは「パプア内と外の支援組織間などの連絡を絶ち、集会やデモの情報を遮断することが目的」としてその違法性を早くから指摘していた。こうしたことから今回の行政裁判所の判決を通じて治安当局が正式の手順を無視して独断で通信遮断に踏み切った疑惑が浮き彫りとなった。

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