最新記事

国際情勢

すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ

2020年6月1日(月)16時35分
池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)※アステイオン92より転載

各個人がイスラーム主義の理念に惹かれ呼応する、内なる動因に依拠した運動を抑圧するには、多大な自由の抑圧を伴いかねない。イスラーム過激派を抑圧するための行動が、自由主義と民主主義の抑圧をもたらしてしまうというジレンマである。「イスラーム国」が活性化した二〇一四年から二〇一八年にかけて、それを根絶するために、自由主義と民主主義の側が自らの理念を返上し、結果的に「イスラーム国」の理念が勝利するというディストピアの実現のすれすれまで、世界は知らずのうちに追い込まれたとも言えよう。「イスラーム国」の組織の消滅は、「イスラーム国」の理念を撲滅したわけでもなく、さらに、「イスラーム国」が「まだら状」に発生し拡大することを可能にしたグローバル化と情報通信技術の普及を止めたわけでもない。同様の事象は、条件が変わらなければ、今後常に起こりうる。それは中東やイスラーム世界から起こるとは限らない。グローバルな条件が可能にする、グローバルな危機の震源は、「まだら」な世界地図のひとつひとつの斑点のように、世界各地に、究極的にはわれわれ一人ひとりの内側に、点在している。

世界に広がる、「まだら状の秩序」

この「まだら状」の現代世界をどのように記していけばいいのか? 今回の特集では、中東を中心に、一様ではない各地の情勢を、それぞれの地域に根ざした視点から描いてもらうために、地域研究者を中心に寄稿を呼びかけた。執筆者が位置する場所と背景は、グローバル化を反映して多様で多彩であり、執筆者のアイデンティティを一言で言うことも難しい。「最高指導者と革命防衛隊―イランを支配しているのは誰か?」でイランのイスラーム革命体制の変質を、革命防衛隊による権力中枢の侵食による、ある種の緩慢なクーデタとして描いたアリー・アルフォネ氏は、テヘランに生まれ、デンマークで育った後、現在は米国の首都ワシントンにあるアラブ湾岸諸国研究所に職を得ている。

同じくワシントンのジョージ・ワシントン大学で政治学・中東政治の教鞭を執るネイサン・J・ブラウン教授からは「宗教と国家―エジプトの権力構造における宗教機構」で、イランのシーア派の革命統治体制と対照的な、エジプトのスンニ派の宗教―国家関係の現在を、歴史と制度に遡って解読してもらった。

中東のもうひとつの大国トルコについては、首都アンカラに商工会議所・経済団体が設立したTOBB経済工科大学で国際関係・中東政治を教えるシャーバン・カルダシュ准教授に、中東の秩序崩壊・溶解の中で国家としての一体性を保ち、地域政治における指導力・存在感を高めるトルコの戦略的意図や目標を「戦略的自律性の追求―アラブの春の挫折とトルコ外交」で解説してもらった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがウクライナに無人機攻撃、1人死亡 エネ施設

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中