すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ
各個人がイスラーム主義の理念に惹かれ呼応する、内なる動因に依拠した運動を抑圧するには、多大な自由の抑圧を伴いかねない。イスラーム過激派を抑圧するための行動が、自由主義と民主主義の抑圧をもたらしてしまうというジレンマである。「イスラーム国」が活性化した二〇一四年から二〇一八年にかけて、それを根絶するために、自由主義と民主主義の側が自らの理念を返上し、結果的に「イスラーム国」の理念が勝利するというディストピアの実現のすれすれまで、世界は知らずのうちに追い込まれたとも言えよう。「イスラーム国」の組織の消滅は、「イスラーム国」の理念を撲滅したわけでもなく、さらに、「イスラーム国」が「まだら状」に発生し拡大することを可能にしたグローバル化と情報通信技術の普及を止めたわけでもない。同様の事象は、条件が変わらなければ、今後常に起こりうる。それは中東やイスラーム世界から起こるとは限らない。グローバルな条件が可能にする、グローバルな危機の震源は、「まだら」な世界地図のひとつひとつの斑点のように、世界各地に、究極的にはわれわれ一人ひとりの内側に、点在している。
世界に広がる、「まだら状の秩序」
この「まだら状」の現代世界をどのように記していけばいいのか? 今回の特集では、中東を中心に、一様ではない各地の情勢を、それぞれの地域に根ざした視点から描いてもらうために、地域研究者を中心に寄稿を呼びかけた。執筆者が位置する場所と背景は、グローバル化を反映して多様で多彩であり、執筆者のアイデンティティを一言で言うことも難しい。「最高指導者と革命防衛隊―イランを支配しているのは誰か?」でイランのイスラーム革命体制の変質を、革命防衛隊による権力中枢の侵食による、ある種の緩慢なクーデタとして描いたアリー・アルフォネ氏は、テヘランに生まれ、デンマークで育った後、現在は米国の首都ワシントンにあるアラブ湾岸諸国研究所に職を得ている。
同じくワシントンのジョージ・ワシントン大学で政治学・中東政治の教鞭を執るネイサン・J・ブラウン教授からは「宗教と国家―エジプトの権力構造における宗教機構」で、イランのシーア派の革命統治体制と対照的な、エジプトのスンニ派の宗教―国家関係の現在を、歴史と制度に遡って解読してもらった。
中東のもうひとつの大国トルコについては、首都アンカラに商工会議所・経済団体が設立したTOBB経済工科大学で国際関係・中東政治を教えるシャーバン・カルダシュ准教授に、中東の秩序崩壊・溶解の中で国家としての一体性を保ち、地域政治における指導力・存在感を高めるトルコの戦略的意図や目標を「戦略的自律性の追求―アラブの春の挫折とトルコ外交」で解説してもらった。