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全人代「香港国家安全法案」は米中激突を加速させる

2020年5月25日(月)11時40分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

「経済面」では米中貿易戦争が想定され、「価値観」ではまさに香港問題や台湾問題などが核心となる。「安全保障」では南シナ海や5Gあるいはサイバー攻撃など枚挙に暇がない。

アメリカは「アメリカとアメリカ人の生き方、アメリカの繁栄、安全を守る」というのが軸になっている。

全人代がいつ閉幕するかに関しては不確定要素があるが(一応、28日の予定)、香港ではもうデモが始まっている。

本日5月24日にもまだ大規模ではないものの抗議デモが展開され警察は催涙弾を使い、すでに100人のデモ参加者が拘束されているという。

香港は再び燃え上がっていくことだろう。

習近平が香港問題を焦るのは父親・習忠勲の負の遺産

香港問題と習近平の父親・習忠勲とは、さまざまな形で深く関わっている。

たとえば1982年9月、イギリスのサッチャー首相とトウ小平の間で香港の中国返還に関して話し合われたが、83年に香港の12人の青年訪中団が、中南海で習仲勲と面会した。この時に法体系に関して話し合われ、その流れの中で、イギリス連邦が主導する「コモン・ロー」体系を採用することを習忠勲は認めた。その結果、香港特別行政区の憲法である「香港特別行政区基本法」は、香港の裁判所に外国籍裁判官を置くことを認めると規定している。英米国籍の裁判官は民主化運動に寛容だ。

だから習近平としては何としても自分の手で逃亡犯条例改正案を通したかった。

一方、1989年6月4日に天安門事件が起き、基本法起草委員会の一人であった李柱銘は中国を激しく非難する市民運動を展開したことから、起草委員を除名された。この李柱銘こそは、習忠勲に会った12人の青年訪中団の一人だったが、彼は後に、「基本法には本来第23条はなかった」と暴露している。これは天安門事件を受けて後から付け加えられたものだったのである。

なぜ基本法制定時に第23条を完結させなかったかというと、「一国二制度」は本来台湾統一のために考え出されたもので、トウ小平は日中戦争時代に懇意にしていた蒋介石の息子・蒋経国に先ず持ち掛けたのだが、蒋経国が一言の下に断ったので、やむなく香港返還に「転用」することとなった。したがって台湾に「一国二制度」はこんなに良いものですよということを見せるために「未完」のままにしてあった。しかし今や蔡英文政権が毅然として統一を拒んでいるので、習近平は逆に強硬策を突き進んでいる。

それもあり、李柱銘と自分の父親・習忠勲との関りにおいて、習近平は香港の国家安全法に燃えるのである(なお、習忠勲に関するエピソードは田原総一朗氏との対談本『日中と習近平国賓』で詳述した)。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

Endo_Tahara_book.jpg[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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