最新記事

エネルギー

産油国が地獄を見る2020年に、独り勝ちするサウジアラビア

The Oil Crash’s Unlikely Winner

2020年5月19日(火)20時00分
ジェイソン・ボードフ(コロンビア大学グローバルエネルギー政策研究所所長)

ロシアとの競争で過去最高の増産に踏み切ったサウジアラビアの王位継承者ムハンマド皇太子 BANDAR ALGALOUD-COURTESY OF SAUDI ROYAL COURT-REUTERS

<原油価格がマイナス圏に入った危機の後も、「体力抜群」の強みを生かして世界を仕切る勢いを見せる>

世界中で40億もの人が新型コロナウイルスのせいで厳しく行動を制限されている今、ガソリンやジェット機の燃料(軽油)をはじめとする石油製品の需要は激減し、原油価格も落ちるところまで落ちた。アメリカでは一時、先物価格がマイナスに転じ、売り手が買い手にお金を払って在庫を処分する展開になった。

当然、石油に依存する国々の経済は悲鳴を上げている。アメリカは世界最大の産油国だが、石油掘削装置の稼働数はこの2カ月で半減した。原油・天然ガス採掘業者の40%近くが年内に破綻しかねず、石油業界だけで22万人が失職するとの予測もある。

世界に目を移すとナイジェリアやイラク、カザフスタンといった産油国も苦境に立たされ、通貨の相場が急落している。もともと破綻しているベネズエラなどの状況は目も当てられない。

2020年に産油国が地獄を見るのは間違いないが、少なくとも1つだけ、このパンデミックの終息後に、経済的にも地政学的にも強くなっていそうな国がある。サウジアラビアだ。

そもそも、サウジアラビアには今回のような嵐にも耐えられるだけの財政力がある。もちろん国家予算の均衡を保つには1バレル当たり80ドル前後の水準が必要なので、現状の原油安は痛い。格付け会社ムーディーズが同国の財政見通しを引き下げたのは当然だ。

今年第1四半期の財政は90億ドルの赤字だった。新型コロナによる経済の停滞で税収も減った。ムハンマド・ビン・アブドラ・ジャドアーン財務相は5月2日に歳出の「大幅削減」に言及し、2030年までの経済改革計画「ビジョン2030」の一部先送りもやむなしと発言した。

それでも国家財政には十分な余裕があり、市場で資金を調達する能力もある。同財務相によれば、今年も最大で580億ドルは調達できる。政府債務残高の対GDP比は昨年末段階で24%。増加傾向にあるとはいえ、まだ低めだ。

準備金を取り崩せば最大で320億ドルは拠出できるというし、中央銀行の外貨準備高は4740億ドルもある。自国通貨リヤルの防衛には3000億ドルが必要とされるが、それでもお釣りがくる。

それに、いずれ市場が安定すれば売り上げが回復するだけでなく、世界の原油市場におけるシェアも上がる。ここまで下がれば、今後の原油価格はどんどん上がる。将来的な石油需要の見通しは読みにくいが、コロナ危機の終息後は需要の回復速度が供給の回復を上回るだろう。

既に需要回復の傾向も

米エネルギー情報局(EIA)の予測によると、世界の石油需要は年内にコロナ危機以前の水準に戻る。国際エネルギー機関(IEA)の予測でも、需要の落ち込みは昨年実績(1日平均1億バレル程度)の2〜3%減にとどまる。

新型コロナウイルスの封じ込めに手間取り、あるいは感染の第2波が生じたりすれば、経済の回復は遅れるかもしれない。それでも、よほどのことがない限り、いずれ石油需要は回復するはずだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中