最新記事

北朝鮮

「金正恩死亡説」は眉に唾して聞け

The Brief Death of Kim Jong-Un

2020年5月14日(木)17時40分
アイザック・ストーン・フィッシュ(アジア・ソサエティー上級研究員)

国父・金日成(左)から息子の正日(右)へ渡された権力の座を受け継いだ正恩は健在なのか KCNA-REUTERS

<遠巻きに目を凝らして見るだけで正体が分からない北朝鮮という国──いかなる分析も確認するすべはない>

生死の確率が50%ずつであるとすれば、箱に閉じ込めたネコは現時点で生きているとも死んでいるとも言える状態にあり、箱を開けて観察するまで誰もその生死を確認できない──というのが量子力学の世界で有名な「シュレーディンガーのネコ」の話。原子より小さなミクロの世界ではそれが常態なのだが、秘密に閉ざされた北朝鮮の指導者・金正恩(キム・ジョンウン)の安否についても同じことが言えそうだ。

ここ数週間、世界は金正恩の健康状態を巡る臆測に振り回された。新型コロナウイルスのせいで命を落とした、心臓の手術を受けたが予後が悪くて今は脳死状態に陥っているらしい、いやウイルス感染を恐れて首都を逃げ出しただけだ──。だが外部の私たちには確かめるすべもない。

事の始まりは4月15日。偉大な「建国の父」である祖父・金日成(キム・イルソン)の生誕記念日(あの国で最重要の祝日だ)の式典に、正恩は姿を見せなかった。これで一部の外国諜報機関が重病説を流した。5月になると北朝鮮の公式メディアに元気そうな正恩の姿が登場したが、といって本当に生きているとは限らない。

つまり、確かなのは「分からない」という事実だけ。私たちにとっての北朝鮮は裸眼で見上げる月くらいに、遠くて分かりづらい。

北朝鮮は世界一閉ざされた国だ。基本的な情報(総人口に占める都市住民の割合、一般国民の政治的な見解、国全体の経済規模など)さえ秘密のベールに包まれている。だからといって、知らぬでは済まされない。人口約2500万の貧しい国だが、北朝鮮は近隣諸国にもアメリカにも大きな脅威であるからだ。

もしも金正恩が死亡、あるいは脳死状態に陥ったとして、そのときアメリカや中国の権益にはどんな影響が及ぶだろうか。逆に、実は彼が元気いっぱいで権力も強化していたらどうか。そのとき核兵器はどうなるだろう? もしかして、既に正体不明の誰かが金正恩の代わりに権力を掌握しているとしたら?

マキャベリ的な金王朝

いずれにせよ、北朝鮮の外交政策を正しく理解したければ、次の3つの前提を踏まえておく必要がある。まず、あの国の政府の行動には合理性があるということ。どんなにとっぴに見える行動も、全ては体制の維持と権力拡大を目的としている。第2に、米中関係には大きな変動が起きているが、両国とも北朝鮮の体制維持を望んでいるという事実。そして最後に、私たちがあの国の内情を知り得ないのは例外的なことであり、決して普通ではないということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

独クリスマス市襲撃、容疑者に反イスラム言動 難民対

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能…
  • 5
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 6
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 7
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 8
    「オメガ3脂肪酸」と「葉物野菜」で腸内環境を改善..…
  • 9
    「スニーカー時代」にハイヒールを擁護するのは「オ…
  • 10
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 4
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 5
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 8
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 9
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、…
  • 10
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 5
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中