「金正恩死亡説」は眉に唾して聞け
The Brief Death of Kim Jong-Un
国民目線で見れば、あの国は間違いなく破綻国家だ。1990年代半ばの食糧危機では多数が餓死した。適切な医療インフラを欠き、頭痛の患者に覚醒剤が処方されたりもした。それでも1948年の建国以来、金王朝は揺るがずにいる。一族は3代にわたり権力を維持し、今や世界最長級の一党支配体制を築いている。脱北者の証言でも分かるが、あの国の人々は今も本気で「国父」金日成を崇拝しているらしい。
「北朝鮮は不合理でとっぴな行動を取りがちだという見解は幻想にすぎない」と、在韓ロシア人歴史家のアンドレイ・ランコフは著書『北朝鮮の核心』に書いている。歴代の指導者は「狂人でも狂信的な人物でもなく、むしろ徹底して効率的であり、冷酷なまでに打算的だ。今の時代で最もマキャベリ的な策士と言えるかもしれない」。
なのになぜ、金正恩の安否が「シュレーディンガーのネコ」状態なのか。彼が健康であるのなら現状は維持されるとみていい。韓国国家情報院を率いる徐薫(ソ・フン)院長が言うように、金正恩が姿を消したのは新型コロナの感染を防ぐためだったのだろう。
しかし、本当に健康を害している可能性もある。金正恩は5月1日に姿を見せたとされるが、その映像が本物という証拠はなく、以前に撮影されたものかもしれない。もしも正恩が再起不能なら、後継者は妹の金与正(キム・ヨジョン)だろう。
与正は第2代最高指導者・金正日(キム・ジョンイル)の末っ子だ。血統を重んじるあの国では正統な権力継承者だし、その任にふさわしい経歴も備えている。一部には、現に彼女が金正恩のイメージ戦略を担い、外交でも内政でも彼を補佐しているとの見方がある。ただし彼女は政権の「顔」にすぎず、実権は崔竜海(チェ・リョンヘ)らの軍幹部が握っているとの見方もある。
いずれにせよ、もしも現状維持ならばミサイル発射や核実験の挑発が今後も続くことになる。危ない橋に見えるかもしれないが、実はアメリカも中国も北朝鮮の体制崩壊を望んでいない。それを承知の上の挑発だ。
中国は14の国と国境を接しているが、今のところ難民流入の危機を免れている。だが北朝鮮が崩壊すれば、国境を越えて何十万もの人々が中国側に逃げてくるだろう。そうなれば、せっかく抑え込んだ新型ウイルスが再び猛威を振るう可能性が高い。