コロナ禍を機に観光業を「解毒」せよ(アレックス・カー)
AWAKE FROM ILLUSION
経済効果はあるが品格維持に懸念も(東京・浅草) BRADLEY HEBDON/ISTOCK
<観光客の数ばかり重視した対応から、節度と品格を守る健全な産業へ変革する方法とは? 本誌「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より>
中国では、2000年以上前から「錬丹術」が存在していた。辰砂(しんしゃ)などから水銀やヒ素を錬成し、それらを含む「金丹」を飲むことで不老不死の仙人になると信じられていた。実際は水銀とヒ素は猛毒物質で、飲んだ人は苦しみながら毒死する。
しかし、死後に毒が身体中に回って死体の腐敗を遅らせる。この時間差を不老不死と思い込み、錬丹術の流行はさらに拍車が掛かり、数え切れない人々が毒死したという。死体が腐ってないから仙人だ、という人々の錯覚は、猛毒の薬を「霊薬」と勘違いさせるようになった。
現在、新型コロナウイルスで大きな被害を受けている日本の観光業でも同様の連鎖が生じる恐れがある。初めに、インバウンド観光は日本にとって極めて重要だと強調しておきたい。そこから得られる収益は、もはや自動車産業と競える規模に成長を遂げ、停滞してきた日本経済を救う大きな原動力となっている。
同時に、文化面にも好影響を与えてきた。インバウンドの劇的増加に伴い、国際感覚に対応できるよう努めた結果、ホスピタリティー産業は革新的なまでにクオリティーを高めた。何より、過疎や高齢化に苦しむ地方の市町村にとって、インバウンド観光は天からの救いと言っても過言ではない。私の進めてきた古民家再生事業も、全て観光の力に支えられている。ここまでが観光業が持つ本来の「霊薬」である。
無頓着で無秩序な観光管理
一方、これには毒も含まれていて、有害物質が体内にはびこっている。それがオーバーツーリズムや観光公害などの問題で、コロナウイルスの脅威にさらされる数カ月前まで盛んに取り沙汰されていた課題だ。
文化施設や信仰の場である京都の神社仏閣は、客を喜ばすサーカスになろうとしている。歴史ある食品市場は画一的な土産物店の集まりに、住民の消えた古い町はホテル街に姿を変え、交通渋滞や景観の悪化、マナー問題などを引き起こした。また、客がお金を使わずに帰る「ゼロドルツーリズム」が深刻化している。
しかし、急に観光客がいなくなったことで、オーバーツーリズムまで一気に解決したと思い込んでしまう。経済的に潤った黄金時代の良い側面だけが記憶に残り、多くの観光客が戻ることを願うだけになっている。