最新記事

国際機関

アメリカの無関心が招いた中国のWHO支配

How America Ceded the WHO to China

2020年4月21日(火)19時40分
ビル・パウエル(本誌記者)

チェンに言わせると、WHOのウェブサイトに掲載される毎月の理事会報告はお粗末過ぎる。例えば昨年12月のサマリーには、武漢におけるCOVID-19のヒト・ヒト感染に関する証拠は「不十分」としか記されていない。WHOは過去に、会議の詳細を公表すると科学的な議論が妨げられると弁明しているが、その主張は受け入れ難い。

「そんなのは科学じゃない」とチェンは言う。科学的な議論を進めるには「情報と仮説の広い開示が不可欠で、それなしでは分析も吟味も深まらない。それが常識だ」。

アメリカとて、22年の任期切れを待たずにテドロス解任に動くことはできないだろう。トランプ大統領も今は彼の解任まで求めてはいない。しかし、任期が切れたらテドロスの再選を許してはならない。

そのためにアメリカは同盟国を結束させ、その経済力で途上国を味方に付け、中国の言いなりにならない事務局長を選ばねばならない。そのためには「あざとい取引やロビー活動、そして外交努力が必要になるだろうが、そうせざるを得ない」。そう言ったのは保守系のアメリカン・エンタープライズ研究所のダン・ブルーメンソルだ。

「アメリカ第一」を捨てるとき

再選を目指すトランプ政権もそう考えている。その証拠に、1月下旬にはキャリア外交官のマーク・ランバートを「国連その他の国際機関における中国の悪しき影響に対抗する特使」に指名している。

しかし中国の影響力をそぐには2つの障害がある。まず、中国政府の援助と対中貿易への依存を高める一方の途上国を味方に付けるのは難しい。そして途上国を敵に回したら多数決では勝てない。だから勝つためには(トランプ流の一国主義を捨てて)政治的にも経済的にも諸外国への関与を強める必要がある。

2つ目は大統領選の行方だ。トランプは現在、ほとんどの世論調査で民主党のジョー・バイデンに競り負けている。そしてコロナ危機による経済の低迷が今年いっぱい続きそうなことを考慮すれば、11月にはバイデン勝利の可能性が高い。

それは中国政府の望むところであり、中国に製造拠点を築いてきた多国籍企業の望むところでもあるだろう。予備選段階の主張を聞く限り、バイデンは「トランプ以前」の中国観を引きずっていて、中国を敵視してはいなかった。

そんなバイデンも、ようやく厳しい現実に気付いたらしい。陣営のサイトには最近になって、1月段階で中国からの航空便乗り入れを禁じたトランプ政権の措置を「支持」するとの文言が載った(バイデンは当初、「外国人嫌い」のトランプらしいと嘲っていたのだが)。

いずれにせよ、このパンデミックに対するWHOの右往左往を見れば分かるはずだ。いま中国が歩んでいる道は危険過ぎる。世界全体の脅威だ。この20年間、先進諸国の首脳たちは(いずれは民主化するという淡い夢を抱いて)中国を甘やかしてきた。一方で途上国は「次なる大国」にひたすらおもねってきた。

バイデンさん、そんな時代はもう終わりなのですよ。

<本誌2020年4月28日号掲載>

【参考記事】習近平とWHO事務局長の「仲」が人類に危機をもたらす
【参考記事】「世界は中国に感謝すべき!」中国が振りかざす謎の中国式論理

20200428issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年4月28日号(4月21日発売)は「日本に迫る医療崩壊」特集。コロナ禍の欧州で起きた医療システムの崩壊を、感染者数の急増する日本が避ける方法は? ほか「ポスト・コロナの世界経済はこうなる」など新型コロナ関連記事も多数掲載。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ失業率、1月6.2%に上昇 景気低迷が雇用に

ワールド

ミャンマー軍事政権、非常事態宣言を延長 「総選挙の

ワールド

焦点:トランプ氏が望む利下げ、米国以外で実現 FR

ビジネス

12月住宅着工戸数は前年比マイナス2.5%、8カ月
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 9
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 10
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中