最新記事

国際機関

アメリカの無関心が招いた中国のWHO支配

How America Ceded the WHO to China

2020年4月21日(火)19時40分
ビル・パウエル(本誌記者)

結局、オバマ政権は8年間で16回も中国をWTOに提訴しているが、損害は取り戻せなかった。最後の提訴は任期切れ直前の2017年1月で、中国の違法な補助金でアルミニウムの国際価格が不当に低く抑えられているという訴えだったが、既に米国内のアルミ精錬業者は(オバマ政権の誕生した)2009年時点の14社からわずか5社に減っていた。

ブッシュ政権同様、オバマも中国に対する「戦略的な関与」の政策を維持した。そして結果的に、WHOなどの国際機関における中国の影響力拡大を許した。多くの国際機関に取り込めば、いずれは中国も「責任あるグローバルな利害共有者」になると信じたからだ。

行き過ぎた「善意の無視」

アメリカとその同盟諸国は、中国人(あるいはテドロスのような中国の盟友)がWHOや国際民間航空機関、国際電気通信連合や国連食糧農業機関などのトップに就くことも受け入れた。どうせ「大した害はない」と思えたからだ。

それが「甘かった」と指摘するのは、スタンフォード大学公共政策プログラムのランヒー・チェン講師だ。しかし元職を含む政府部内の関係者からは、甘いどころではなかったとの声も聞こえる。例えば元国防総省の中国担当者ジョセフ・ボスコは、WHOを含む国連の専門機関で中国の影響力が増大したのは「わが国の後押しがあった」からだと明言している。

しかしアメリカの指導層が抱いたチャイナ・ドリームは、習近平(シー・チンピン)が国家主席になるとしぼみ始めた。中国も遠からず民主主義を受け入れるはずだという願望は、徐々に「悪い冗談」としか思えなくなってきた。

そこへ来たのが第2の、つまり今回のチャイナ・ショックだ。それは中国の将来に関するアメリカや同盟諸国の思い込みが、いかに大きな代償を伴うかを示している。

中国の推す候補がWHOを牛耳っても「大した害はない」という想定が致命的な誤りだったのは間違いない。WHOが中国にウイルスのサンプルを速やかに提出させていれば、そして中国が昨年末の段階で「もっと率直に事実を公表していれば、これほどの世界的な危機は避けられたかもしれない」(元FDA長官のゴットリーブ)からだ。

過ぎたことの取り返しはつかないが、外交面の攻防はこれからだ。アメリカの資金が途絶えるのは、たとえ一時的であってもWHOには痛い。アメリカの拠出額は全体の22%を占め、中国の2倍以上だ。ゲイツ財団などの慈善団体や製薬会社による寄付金も加えれば、アメリカの貢献度は中国の10倍近くになる。

事態が改善されれば拠出を再開する(つまりWHOからの脱退はしない)との前提に立つ限り、議会が資金拠出に一定の条件を付すのは賢明な選択だと、スタンフォード大学のチェンは考える。公衆衛生の当局者も言うように、まずは透明性を一段と高めてもらわないと困る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米運輸長官、連邦航空局の改革表明 旅客機・ヘリ衝突

ビジネス

基調物価が2%へ上昇するよう、緩和的な金融環境維持

ビジネス

コマツの4ー12月期、営業益2.8%増 建機販売減

ビジネス

安定した物価上昇が必要、それを上回る賃金上昇も必要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中