最新記事

国際機関

アメリカの無関心が招いた中国のWHO支配

How America Ceded the WHO to China

2020年4月21日(火)19時40分
ビル・パウエル(本誌記者)

パンデミック(感染症の世界的な蔓延)の真っ最中に、世界の公衆衛生を仕切る国際機関への資金を断つというのだから、この決定には賛否両論があっていい。しかしWHOにも、この疑問にだけは答える義務がある。いったいいつ、ヒト・ヒト感染の事実を把握したのか?

昨年12月31日、台湾政府はWHOに対し、中国の武漢で発生した未知の感染症のSARSとの関連などについて問い合わせていた。SARSも中国発のコロナウイルス感染症で、やはりヒト・ヒト感染するが、中国側は当初、その事実を隠していた(ちなみに台湾を自国の領土と見なす中国政府は台湾をWHOから排除している)。

だが忘れてならないのは、中国がWHOに対して大きな影響力を持つようになる過程でアメリカ(とその同盟諸国)が果たした役割だ。実を言えば、今回のコロナ危機は今世紀に入ってからアメリカを含む世界の先進諸国を襲った2度目の「チャイナ・ショック」だ。

第1のショックは、2001年にアメリカの後押しで実現した中国のWTO(世界貿易機関)加盟によってもたらされた。2016年に発表された全米経済研究所の報告の文言を借りれば、それは「世界貿易のパターンにおける画期的な変化」だった。

どの業種でも(製薬や医療機器をも含むと今回世界は思い知らされたが)、アメリカの有力企業は製造拠点を中国へ移すようになった。安い労働力がいくらでも手に入ったからだ。それでアメリカの産業は空洞化し、伝統的な工業地帯ではいくつもの町が地獄を見ることになった。

政治家も経済界の有力者も、この勝負に懸けていた。今よりもっと豊かになれば中国も強権的な統治スタイルを緩め、いずれは韓国や台湾のように民主主義を受け入れるはずであり、そのためならアメリカの労働者に一定の犠牲を強いるのもやむを得ない。彼らはそう考えた。

ビル・クリントンからバラク・オバマに至る歴代米政権の対中政策は基本的に、そうした願望に基づいていた。2000年、クリントンは中国に最恵国待遇を付与する「恒久的通常通商関係法案」を成立させ、中国のWTO加盟に道を開いた。その翌年、中国はWTO加盟を果たし、奇跡の経済成長へ突き進むことになった。

アメリカの対中戦略は、オバマ政権になってからも変わらなかった。オバマが対中関係で優先的に取り組んだのは、気候変動の問題だった。いわゆるパリ協定を実のあるものにするためには、世界最大のCO2排出国となった中国の関与が不可欠だった。そして2016年3月31日、オバマの願いはかない、米中両国は共同声明でパリ協定への参加を表明した。

だがベン・ローズ国家安全保障担当顧問(当時)など複数の側近筋によれば、2期目に入るとオバマの対中感情は悪化した。知的財産権の侵害を含む貿易上の課題について、中国はアメリカとの約束をほとんど守っていなかったからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局

ワールド

ポーランドの2つの空港が一時閉鎖、ロシアのウクライ

ワールド

タイとカンボジアが停戦に合意=カンボジア国防省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中