インドネシア、新型コロナウイルスの影でパプア独立武装組織と交戦 女性ら4人死亡
新たな州分割で治安強化も狙う
新法の制定作業と同時にインドネシア政府部内では現在のパプア地方の2州をさらに分割、新たに2州を創設してパプア地方を4州体制とする案が出ている。これはパプア州の中央山間部でOPMなどの武装勢力の活動が活発とされる地域を「プグヌカン・トゥンガ・パプア州」とし、南部の鉱山など天然資源が豊かな地域を「南パプア州」として新たに分割するというものだ。
分割案は主に国軍や国家警察出身の閣僚や治安組織関係者が唱えているもので、分割して新州を創設することで、新たな現地治安部隊の創設が可能となり警戒監視が重層的となることに加えて武装勢力の分断も図れるとしている。先のティト・カルナファン内相は昨年10月の第2期ジョコ・ウィドド内閣で内相に抜擢されたが、直前までは国家警察長官の要職にあり、かつては2年間パプア地方の警察長官を務めたこともある人物だ。
ただこうした州の分割に関しては、かつて「イリアンジャヤ州」一つだった地方政府が2003年に「2分割」されて「パプア州」と「西パプア州」となった際も地元パプア人組織やコミュニティーの意思が反映された訳ではなかった。こうした経緯から今回の「4州案」に対する地元パプア人の抵抗も根強く、実現の見通しは現時点では難しいとみられている。
問われる大統領の手腕
ジョコ・ウィドド大統領は軍歴もなく、家具職人の出身という庶民派大統領だけにパプア問題では治安部隊によるパプア人への人権侵害などで心を痛めるなど極めて同情的とされている。しかしジョコ・ウィドド内閣には国軍幹部や国家警察長官出身の閣僚が複数おり、パプア問題では強硬論を展開しているという事実もある。
3月14日にはブディ・カルヤ運輸相の新型コロナウイルスへの感染が確認され、大統領以下閣僚が慌てて軍病院で感染の有無を検査するなど、インドネシアは現在、拡大する新型コロナウイルス感染への対応で手一杯の状況である。
しかしそんな状況下でも首都ジャカルタから遥かに離れたパプアでは、治安部隊と独立組織の衝突が起き、現地パプア人への人権侵害事件の頻発が懸念され、政府部内では新法制定への動きと同時に治安部隊増強の可能性も高まっている。
官民を挙げて懸命に感染拡大防止に務めながらも、同時にパプア問題にどう取り組むのか、ジョコ・ウィドド大統領の手腕が問われている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。