最新記事

北朝鮮

りんごが「解毒剤」になる......北朝鮮で出回る危ないウワサ

2020年2月18日(火)14時10分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

朝鮮半島ではりんごがお供え物としてよく使われているが…… KCNA-REUTERS

<北朝鮮で今りんごが売れている背景にあるのは、かつて外貨を稼ぐために製造していた麻薬や覚せい剤が国内で蔓延しているから>

「旧正月の連休期間中に、平安南道(ピョンアンナムド)の市場で、りんごがよく売れた」(平安南道の情報筋)

韓国人がこんな話を聞けば、「祭祀(チェサ)に使うから需要が高まったのだろう」と思うことだろう。祭祀とは祖先を祀る儀式で、祭壇に様々なお供え物をした上で儀式を執り行う。お供え物としてよく使われるのがりんごで、それは北朝鮮とて変わりない。

ところが、りんごが売れている理由がどうやら違うようなのだ。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の情報筋は、祭祀用としてりんごを買う人もいるとしつつも、こんな需要が多いことを明かした。

「ピンドゥやデンダなど薬物の解毒剤として使うために買う人が多い」

ピンドゥ(氷頭)とは覚せい剤、デンダとはヘロインのことを指すが、りんごを食べると薬物の毒素を解毒してくれる特効薬だというのだ。もちろん医学的根拠のない噂に過ぎないが、りんごが売れているということはそんな噂を信じている人が多いのと同時に、違法薬物を使っている人が多いことも示す。

<参考記事:コンドーム着用はゼロ...「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

「大人でも子どもでも麻薬を使う現象が普遍的に定着した今では、単なる果物として売られていたりんごが、麻薬の解毒剤として使われる笑うに笑えない状況となっている」(情報筋)

ちなみに、現地の市場で売られているりんごのほとんどは中国から輸入されたもので、1キロ5000北朝鮮ウォン(約65円)だ。一方で北朝鮮産のものはその1.8倍から2倍の値段で売られている。

平安北道(ピョンアンブクト)の別の情報筋も、現地でも「りんごが麻薬の解毒剤」という噂が広まっていると説明し、麻薬や覚せい剤を使い続けると最初は不眠症となり、ひどい場合には統合失調症のような症状が現れたり、皮膚に水ぶくれができるなど、様々な弊害が生じるとも説明した。

しかし、慢性病や強い痛みに苦しめられている人にとって、酒か麻薬に頼る以外の方法はない。それと同様に、麻薬の副作用に苦しめられている人も、藁をもつかむ心情で、りんごに効き目があると信じているのではないか、と述べた。

<参考記事:「男女関係に良いから」市民の8割が覚せい剤を使う北朝鮮の末期症状

北朝鮮はかつて、外貨を稼ぐために、麻薬や覚せい剤を国家機関の主導で製造し、海外に輸出していた。やがて、各国政府が取り締まりを強化するようになり、密輸は徐々に下火になった。皮肉なことに、それが北朝鮮国内で薬物が蔓延するきっかけとなる。薬物の「在庫」もあれば、製造技術も原材料もある。しかし売り先がなくなったため、自ずと国内で流通するようになった。つまり、自らが撒いた種なのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中