洪水対策:ニューヨークの海上に「巨大な壁を建設する」案が議論の的に

2012年のハリケーンでは、65万軒以上の家屋が被害を受けた...... Lucas Jackson-REUTERS
<今後の海面上昇が懸念されるなか、ニューヨークの海上に「巨大な壁を建設する」という案が議論を呼んでいる......>
2012年10月、大型ハリケーン「サンディ」が米国東部に上陸し、ニューヨーク市でも甚大な被害に見舞われた。マンハッタン島の最南端ロウアー・マンハッタンには13フィート(約4メートル)以上の高潮が押し寄せ、ニューヨーク湾内のスタテン島では時速80マイル(約128キロメートル)の暴風を記録。ニューヨーク市の陸域の17%にあたる8万8700世帯で浸水し、52名の住民が命を落とした。
海上に第一防壁、イースト川に第二防壁を設置
土木工事プロジェクトの計画・設計・施工を担当するアメリカ陸軍工兵隊(USACE)では、ニューヨーク州からニュージャージー州の沿岸部および支流地域を対象として高潮や洪水のリスクに備える5つの対策案を策定し、その実現可能性(フィージビリティ)を検討している。2022年夏には最終報告書が公表される見込みだ。
アメリカ陸軍工兵隊が検討をすすめている5つの対策案のうち、とりわけ議論の的となっているのが「海上に巨大な壁を建設する」という案である。ローワー・ニューヨーク湾口にあたるニュージャージー州の半島「サンディフック」からニューヨーク州の「ファー・ロッカウェー」までの約9.6キロにわたって海上に第一防壁を設置したうえで、ニューヨーク市を流れるイースト川に第二防壁を設置するというものだ。
米紙ニューヨーク・タイムズによると、この案で必要となる建設費は1190億ドル(約13兆400億円)にのぼり、一連の建設には25年を要するという。
海上の防壁は、その建設に膨大な費用と時間を要するのみならず、構造上、高潮は防げるものの海面上昇から守ることはできないため、その有効性に懐疑的な見方が広がっている。
2020年1月19日にはドナルド・トランプ米大統領が公式ツイッターアカウントで「滅多にない暴風雨からニューヨークを守るために2000億ドルもかけて巨大な壁を海上に建設するのは、高価すぎるし、馬鹿げている。環境にもやさしいとはいえない案だ。万一のときもおそらく役に立たないだろう」と痛烈に批判した。
2050年代に50センチ上昇すると予測されているが......
ニューヨーク科学アカデミーが2015年2月16日に公表した報告書によると、ニューヨーク市の海面は2050年代に最大21インチ(約53センチ)、2080年代には最大39インチ(約99センチ)上昇すると予測されている。
今後の海面上昇が懸念されるなか、地元の地方政府からもこの案を再考するよう求める見解が示されている。ニューヨーク市のスコット・ストリンガー会計監査官は、2019年10月23日、アメリカ陸軍工兵隊に宛てた書簡において、「気候変動に伴う海面上昇や洪水の脅威がより広範で複雑になるなか、海上に防壁を設置するという案は、近視眼的な発想と言わざるを得ない」とし、「むしろ、擁壁護岸、砂丘、湿地再生など、陸地のレジリエンシー(災害からの回復力)強化に向けたプロジェクトをより統合的かつ全体的なシステムとしてすすめていくべきだ」と説いている。