トランプがイラン司令官殺害を決断した理由は、石油と経済
IT’S THE ECONOMICS, STUPID
オイルショックは怖くない (ワイオミング州のシェー ルガス採掘施設) WILLIAM CAMPBELLーCORBIS/GETTY IMAGES
<シェール革命で原油価格の高騰を歓迎する側になったアメリカは、もはやオイルショックなど気にしない。本誌「米イラン危機:戦争は起きるのか」特集より>
ドナルド・トランプ米大統領の2人の前任者、バラク・オバマもジョージ・W・ブッシュもイランの革命防衛隊の精鋭部隊「クッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官の殺害を検討したが、実行を踏みとどまった。
なぜトランプは暗殺を命じたのか。あまり面白みのない分野に1つの答えがある。経済だ。
「人間は歴史をつくるが、好きなようにつくるのではない。自分で選んだ状況ではなく、既に存在する状況下でつくるのである」──これはカール・マルクスの言葉だ。
確かにトランプはオバマともブッシュとも異なるタイプの指導者だ。ソレイマニ殺害が賢明な決断だったかはさておき、責任は紛れもなくトランプにある。
だがトランプが前任者たちに比べ決断を下しやすい状況下に置かれていたのもまた事実だ。個人の責任に気を取られると、米政府にとってソレイマニ殺害のメリットとリスクがこの数カ月でいかに変化していたかを見落とすことなる。
アメリカのエネルギー事情は近年大きく変化した。そのため、戦力が圧倒的に異なる「非対称戦争」でイランが活用してきたオイルショックというカードは、アメリカには効かなくなった。
片やイランは国家経済が破綻の道をたどりつつある。現政権がアメリカの権益に損傷を与える能力は限られている。オバマもブッシュもこうした状況を享受していなかったし、トランプもごく最近まではそうだった。
昨年9月、アメリカは70年ぶりに石油の輸出が輸入を上回る「純輸出国」となった。原油価格の高騰がむしろ米経済にプラスとなる状況になったのだ。今やイランが中東原油の輸送を妨害しても、アメリカは痛くもかゆくもない。
ジミー・カーター元米大統領が在職時代、イランなどが仕掛けるエネルギー危機を「道徳的には戦争に等しい」と言ったように、中東石油の安定的な確保は米経済にとって死活問題だった。
歴代のアメリカの大統領はいわば自国経済を人質に取られた格好で中東政策を練らねばならなかったのだ。トランプは現代のアメリカ政治史で初めてこのジレンマから解放された大統領だ。
外貨不足でインフレ地獄
昨年9月サウジアラビアの石油施設へのドローン攻撃で米政府がイランの関与を疑い、原油価格が急騰したとき、トランプが「われわれは中東石油を必要としていない」とツイートしたのがその証拠だ。
一方、トランプ政権の制裁に苦しむイランの指導層はそれとは正反対の状況に置かれている。前任者たちに比べ、アメリカの攻撃への対応策が限られ、リスクが大きくなっているのだ。
それでなくても記録的なインフレで国民の不満が高まっている(ソレイマニ殺害は現体制への怒りを一時的に反米感情にそらす効果があったようだが)。報復攻撃により、さらにインフレが進めば、不満を抑え込めなくなるだろう。