プーチンの闇に深く切り込むドキュメンタリー『市民K』
A Cautionary Tale
実際、もうカネは要らないはずだ。一部メディアによれば、プーチンの個人資産は2000億ドルで、世界一の大富豪とも言われている。
「彼は権力欲に取りつかれた人間で、権力の座に上り詰める方法を知り、欲しいものを手にした今、絶対に手放すまいとしている」と、ギブニーは言う。「政治家にはナルシシストが多いが、プーチンも例外ではなさそうだ」
KGB時代のプーチンは凡庸な工作員にすぎなかった。だが、ギブニーのみるところスパイの訓練が、KGB辞職後9年で政権トップに駆け上がったスピード出世に役立ったようだ。映画の中でホドルコフスキーは「相手に合わせて何者にでもなる」プーチンの巧みな人心掌握術が移行期のロシアの主要人物の中で強みを発揮したと語っている。
プーチンのロシアはトランプのアメリカへの警告ともなりそうだ。ロシアで撮影を行う間、アメリカの「行く末を暗示するかのようなかすかな警鐘が絶えず聞こえてきた」と、ギブニーは言う。「(米ロの状況を)直接的に結び付けず、ロシアにフォーカスするよう努めたが、どうしても重なり合う部分があった」
バレても嘘をつき通す
プーチンはメディアを支配下に置き、世論を味方に付けた。今や権力者に求められるのは話のうまさで、そこもトランプに共通すると、ギブニーは指摘する。「プーチンは長年の間に見事な話術を身に付けた。作り話でも全くのデタラメでもいい。何度も反復して聞き手を引き込めば、人々は信じ始める」
メディアが虚報を流し続ければ、有権者は報道を信じなくなる。アメリカのメディアも自戒が必要だと、ギブニーは警告する。「事実を突き止め知らせるか、政権批判を展開するか」。報道の役割をはき違えてはいけない、と。
フェイクニュースが飛び交い、法の支配が切り崩されるとどうなるかの一例としてギブニーが挙げるのは、昨年イギリスで起きたロシア人の元スパイとその娘の毒殺未遂事件だ。英当局はロシア軍情報機関の職員2人を容疑者と特定したが、ロシア側は否定。2人をテレビに出演させ、事件が起きた小都市には観光で訪れていたなどと語らせた。
そんな話を信じる人がいないのは分かりきっている。「これ以上あり得ないほどバカバカしい」言い訳だと、ギブニーは言う。ロシア政府はそれを承知で堂々と嘘をついた。「そこが怖い。トランプの流儀とそっくりだからだ」
<本誌2019年12月31日/2020年1月7日新年合併号掲載>
2019年12月31日/2020年1月7日号(12月24日発売)は「ISSUES 2020」特集。米大統領選トランプ再選の可能性、「見えない」日本外交の処方箋、中国・インド経済の急成長の終焉など、12の論点から無秩序化する世界を読み解く年末の大合併号です。