宇宙飛行士が語る「宇宙日本食」体験──宇宙で食料を作る試み
これまで、宇宙へ行った宇宙飛行士はおよそ550人程度とされる。この規模であれば今すぐ食糧生産の仕組みが必要なわけではないし、マーケットといえるほどでもない。だが宇宙のような閉鎖環境で食料を生産することができれば、地球上での持続的な開発にも役立てられるという長期の目標がある。
とはいえこうした宇宙での食糧生産のシステムは、どうしてもスペックから入らざるを得ない部分がある。必要なカロリーと栄養素を満たし、宇宙で利用可能な光源と水で作ることができる、といった制約が存在する。そこでこれまで出てきたアイディアは、サツマイモとドジョウ、昆虫食(コオロギやカイコ)、あるいは藻類。夢を見られる食事かといえば必ずしもそうでもないというところが実感だろう。
ISSに滞在した宇宙飛行士はどう思っていたのか......
そして当事者であるところの宇宙飛行士はどう思っているのか。2017年12月から2018年6月まで、第54次/第55次長期滞在クルーとしてISSに滞在した金井宣茂宇宙飛行士は、宇宙食にまつわる講演会で宇宙飛行士が感じる食の多様性について語った。
金井宣茂宇宙飛行士 撮影:秋山文野
11月6日から8日まで徳島市で開催された第63回宇宙科学技術連合講演会「国際宇宙ステーションでの食生活と健康長寿」で金井宇宙飛行士が語ったところによれば、「地上から隔絶され、閉鎖環境で暮らす中で、3度の食事はありがたかった。皆で食事を囲み『同じ釜の飯を食べる』チームづくりには、食事を囲む歓談の存在が非常に大きい」という。その中で、鮭おにぎりやようかんとお茶などJAXAの宇宙日本食にだいぶ助けられた」という。
また、普段の食事はレトルト食品や缶詰などが多いが、ISSに物資を届ける日本のHTVなどの補給船には生の果物や野菜などの生鮮食品が搭載されている。これもクルーのモチベーション向上に大きな役割を果たしたという。それだけでなく、ロシアのクルーは「サラダにサラミやマヨネースを混ぜ合わせたロシア風サラダを作って振る舞ってくれた」など「クリスマスには、ワイン風のラベルを貼ったブドウジュースを飲む」といった食を楽しめるものにする工夫が随時されている。飲料水ひとつとっても、「保存用にヨードが添加されているが、給水器から出す際にヨードを除去して匂いをとり、水道水程度のミネラルを添加して飲みやすくする工夫がされている」と話した。
微小重力のISS環境では、体液シフトとよばれる現象によって上半身に体液が集まりやすく、鼻が詰まったように感じたり味覚が鈍くなって「濃い味付けを好む」ということが言われるが、金井宇宙飛行士は「自分はそのように感じなかったし、同じチームでもそういった人はいなかった。ただ、スパイシーな刺激は好まれるので、塩分で味を濃くするよりスパイスを使う。持っていったカレーはロシア人クルーに巻き上げられた」というエピソードを披露している。
植物を栽培することは心理的効果もある?
また、NASAは宇宙でレタスや水菜などを栽培する実験を進めており、2020年からはトマトやトウガラシなどの実野菜にも挑む。食べられる植物を栽培することは、食糧生産だけでなく「時間の経過を感じられるポジティブな心理的効果がある」とされているが、金井宇宙飛行士によれば「実験実験で忙しい生活の中で、水やりなど手間暇をかけている余裕がなかなかない」といい、野菜栽培が誰にとってもポジティブというわけでもないようだ。一方で「ロシア人クルーの中には生鮮食品として届けられたタマネギを置いておき、芽を出させて鑑賞して楽しんでいた」と小さな園芸を好んでいた人もいるという。
宇宙での生活から得られたエピソードを積み上げて行くと、たった6人の宇宙飛行士という集団でも食に関する嗜好は多様で、差が大きいように思われる。宇宙での食糧生産に向けた取り組みは、この多様性を受け入れられるようになったときに花開くのではないかと思われる。