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危険だらけの韓国造船所 財閥系企業の下請け労働者に悲劇続く

2019年11月7日(木)12時10分

慰謝料で口封じ

政府の委嘱による昨年の報告書によれば、韓国では、刑事訴訟において企業と個人のあいだで示談が成立することが、民間の労災事件における処罰の軽減化につながっているという。

この報告書では、2013年から2017年にかけての労災事件に関する1714件の判決を分析した結果、被告の90%以上が、執行猶予付きの判決や小額の罰金刑(ほとんどの事件では1000万ウォン、すなわち8500ドル以下)を受けていると述べている。

報告書の主執筆者であるキム・スンリョン慶北大学校教授(法学)は、「処罰が軽いせいで、企業は安全設備に投資するよりも罰金と慰謝料を支払う方が安上がりだと考えてしまうのかもしれない」と話す。

昌原地方裁判所における5月の判決を見ると、2017年の被害者遺族とサムスンのあいだで法廷外での示談が成立し、それがサムスン社員7人に執行猶予付きの懲役判決につながったことが分かる。

事情を直接知るサプライヤー企業の幹部がロイターに語ったところでは、サムスン重工業は複数の犠牲者の遺族に対し、それぞれ数十万ドルの慰謝料を下請け企業の肩代わりの形で支払ったという。

この幹部によれば、慰謝料の見返りとして、遺族はサムスン重工業や下請け企業を訴えないことに合意したという。この幹部は、匿名を条件として、極秘とされた合意条件について語った。

サムスン重工業は、犠牲者遺族との示談に関して、「個人情報」を開示することはできないとしてコメントを拒否している。事件を直接知る検察当局者は、検察は判決について控訴したと述べつつ、詳細についてはコメントを拒否している。

「殺されるためではない」

昨年、発電所における事故で非正規労働者が死亡し、世論の怒りが高まったことを受けて、韓国は1月、下請け企業への外注を制限するよう労働安全関連法規を改正したが、対象となる分野は限られている。

改正法を分析した弁護士・労働問題活動家によれば、来年から発効する制限規定は、造船産業における外注行為にはほとんど影響を及ぼさないという。同産業では昨年、2000件近い労災事故が起き、26人が死亡している。

改正後の規定が造船セクターに適用されるかどうかについて韓国労働省はコメントを拒んでおり、ロイターでは独自の裏付けを得られなかった。

弟を失った2017年のクレーン事故以来、パクさんは、地下鉄やエレベーターに乗れなくなった。いつ事故を起こすかと怖くなってしまうからだ。

国際メディアとのインタビューに初めて応じたパクさんは、倒壊したクレーンが彼の弟を含む喫煙休憩中の労働者たちに激突した後、造船所中に無惨な遺体が転がっていたと話す。

弟のスンウさんは、振り回されたワイヤーが背中に当たり、出血多量のため緊急治療室で息を引き取った。

「救急車のなかで、弟はひどい状態だった」とパクさんは涙ながらに話す。「私たちが造船所に行ったのは働くためだ。殺されるためではない」。

(翻訳:エァクレーレン)

Hayoung Choi Hyunjoo Jin Ju-min Park

[巨済(韓国) ロイター]


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