最新記事

サイエンス

意識がある? 培養された「ミニ脳」はすでに倫理の境界線を超えた 科学者が警告

2019年10月25日(金)17時30分
松岡由希子

進化著しい人工脳「脳オルガノイド」  Madeline A Lancaster/IMBA/EPA

<ヒトの多能性幹細胞から作製する豆粒大の人工脳「脳オルガノイド」は、現代の神経科学で最も注目されている分野のひとつだ......>

幹細胞を使ってヒトの器官の小さな三次元モデルを生成する技術は、この10年ほどで大幅に進歩した。とりわけ、ヒトの多能性幹細胞から作製する豆粒大の人工脳「脳オルガノイド」は、現代の神経科学で最も注目されている分野のひとつだ。

医学を一変させる可能性、しかし倫理上の懸念も

米ハーバード大学の研究チームが2017年に発表した研究論文では、「脳オルガノイドが大脳皮質ニューロンや網膜細胞などの様々な組織を発達させる」ことが示され、2018年4月にはソーク研究所の研究チームがヒトの脳オルガノイドをマウスの脳に移植したところ、機能的なシナプス結合が認められた。

また、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームは2019年8月、「脳オルカノイドからヒトの未熟児と類似した脳波を検出した」との研究結果を発表している。

brain8a.jpg10カ月が経過した脳オルガノイド Muotri Lab/UCTV

脳オルガノイドのような「生きた脳」の研究によって医学が一変するかもしれないと期待が寄せられる一方、脳オルガノイドが十分な機能を備えるようになるにつれて、倫理上の懸念も指摘されはじめている。

意識を持つ可能性があるなら、すでに一線を超えている

2019年10月18日から23日まで米シカゴで開催された北米神経科学学会(SfN)の年次総会において、サンディエゴの非営利学術研究所「グリーン・ニューロサイエンス・ラボラトリ」は、「現在の脳オルカノイドの研究は、倫理上、ルビコン川を渡るような危険な局面に近づいている。もうすでに渡ってしまっているかもしれない」と警鐘を鳴らし、「脳オルカノイドなど、幹細胞による器官培養の倫理基準を定めるうえで、まずは『意識』を定義するためのフレームワークを早急に策定する必要がある」と説いた。

「グリーン・ニューロサイエンス・ラボラトリ」でディレクターを務めるエラン・オヘイヨン氏は、英紙ガーディアンの取材において「脳オルカノイドが意識を持っている可能性があるならば、すでに一線を超えているおそれがある」と指摘し、「何かが苦しむかもしれない場所で研究を行うべきではない」と主張している。

動物に移植する実験は、特に倫理的なガイドラインが必要

オヘイヨン氏は、「グリーン・ニューロサイエンス・ラボラトリ」のアン・ラム氏とともに、動物実験や人権侵害、プライバシー侵害などにつながる手法を排除する倫理原則「ロードマップ・トゥ・ニュー・ニューロサイエンス」を策定。「意識」が発生するおそれを特定するのに役立つコンピュータモデルも開発している。

脳オルカノイドの進化に伴って倫理上の懸念を示しているのは「グリーン・ニューロサイエンス・ラボラトリ」に限られない。ペンシルバニア大学の神経科学者チームは、2019年10月に発表した論文で、とりわけ脳オルカノイドを動物に移植する実験について、倫理的なガイドラインの必要性を訴えている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英企業信頼感、1月は1年ぶり低水準 事業見通しは改

ビジネス

基調物価の2%上昇に向け、緩和的な金融環境を維持=

ワールド

米運輸長官、連邦航空局の改革表明 旅客機・ヘリ衝突

ビジネス

コマツの4ー12月期、営業益2.8%増 建機販売減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中