ドラマ『チェルノブイリ』、事実がまっすぐ伝えられない状況は、まさに今の日本の姿だ
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世界的な観光地として注目を集める今のチェルノブイリ
ドラマの制作はHBO。2019年エミー賞で作品賞、監督賞、主演・助演など計19ノミネートを果たした。評価が高いだけでなく大ヒットしている。シリアスな内容だが、エンターテイメントとして観られている作品なのだ。この辺りは、事故から30年が過ぎたチェルノブイリという場所が、世界的な観光地として注目を集めていることと比べてみたくなる。
チェルノブイリは、ウクライナのプリピャチという都市の郊外に建っていた。プリピャチ市の5万人の市民には、事故後に退去命令が出た。ピカピカの都市がそのまま廃墟になってしまった。周囲の自然も一切の手つかずである。その場所が突然、観光地となった。そのきっかけは、ブログである。オートバイでこの地を訪れた女性が写真をネットで公開し、話題を集めたのがきっかけだった。その関心のもたれ方は、日本の廃墟ブームなどに近い。打ち捨てられた街の写真を撮ろうと人が集まるようになった。
街を舞台にした人気ゲームも複数生まれた。『コール オブ デューティ4 モダン・ウォーフェア』『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』(ともに2007年)である。ゲームのファンによる聖地巡礼の場所ともなった。ウクライナにとって事故は旧ソ連の失敗であり、現在のウクライナ政府の責任ではない。なので観光地化に後ろめたさはなかった。2011年にチェルノブイリは公認の観光地となった。その後、ロシアとの関係悪化がより観光地化を後押ししている面もあるだろう。
日本からも批評家の東浩紀が運営する会社ゲンロンが、2013年からH.I.S.と共同でのチェルノブイリへの観光ツアーを毎年主催している。ツアーの内容は、元原発作業員のガイドの元で、自主帰還者の村を訪問し、事故の現場である制御室を見学したりする。これには東自身も参加しているが、彼はチェルノブイリを観光地として見ても魅力は大きいという。30年間、人の手が入っていない自然。旧ソ連時代に設計された工業施設や住宅。今年公開された「新石棺」も「最新土木技術の展示場」のようなもの(『テーマパーク化する地球』)で、自然から技術まであらゆるものが観光資源となっている。
ちなみに、ドラマ『チェルノブイリ』のヒット後にもツーリズムの流れは加速させた。撮影で外観が使われたリトアニアのイグナリナの廃原発にも観光客が押し寄せている。ドラマがシリアスに事故を描いたエンターテイメントであるのと同様、この地への観光は、歴史を学ぶと同時にエンターテイメントなのだ。
まさに日本で今起きているドラマ
世界中から絶賛の声が上がりつつあるドラマ『チェルノブイリ』だが、一方で気になるのは、このドラマがアメリカの制作によるものである部分だ。事故を起こした当事者であるロシア人は、それをどう捉えているのか。ロシア発のメディア『ロシアビヨンド』は、「事故が発生してから30年の間、旧ソ連圏でこのテーマを扱おうとした人もおらず、この出来事をスクリーンに描き出そうとしなかったのです。潜水艦K-9やソ連とアメリカの宇宙開発競争のこと同様、世界は我が国の歴史について、英米のテレビドラマから知ることになった」という編集者イリヤさんの声を伝えている。ロシアでも事故を扱うドラマはあるが、アプローチが違ったものばかりのようだ。
原発事故で言えば、福島の原発事故の経験を持つ日本人もまた当事者だ。端的に言うと、ドラマ『チェルノブイリ』が日本で見られるのは、有料チャンネルのスターチャンネルだからだ。汚染水の問題を始め、原発事故を抱えた日本が外からの疑問に答えないままにオリンピックは迫っている(「アンダーコントロール」というドラマで描かれるゴルバチョフへの報告の文句は、日本でも覚えのあるワードだ)。具体的な原発事故の問題が描かれる『チェルノブイリ』を日本の地上波のテレビは流せるだろうか? オリンピックのスポンサーになる企業は、その番組をスポンサードするだろうか。
"事実"がまっすぐ伝えられない状況とは、まさに日本で今起きているドラマである。さらにいうと、日本人は『チェルノブイリ』を見た上で、ロシア人たちのようにこれの日本版をつくるべきだと言えるだろうか? そして、福島のドラマが海外の製作者につくられたときに、どう反応ができるだろうか。
●海外ドラマ「チェルノブイリ」(全5話)はAmazon Prime Video「スターチャンネルEX」にて配信、及びBS10スターチャンネルにて放送
●Amazon Prime Video「スターチャンネルEX」で9月26日より配信
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B07WQT5Q9G/
●BS10スターチャンネルにて放送
【STAR2 字幕版】9月25日より毎週水曜よる11時~ほか
【STAR3 吹替版】9月30日より毎週月曜よる10時~ほか
https://www.star-ch.jp/drama/chernobyl/sid=1/p=m/
※無料放送となる第1話は9月25日よる11時~(「スターチャンネルEX」では9月26日~10月5日まで無料配信)
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●執筆:速水健朗(はやみず・けんろう)
1973年、石川県生まれ。ライター、編集者。文学から映画、都市論、メディア論、ショッピングモール研究など幅広く論じる。著書に『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』などがある。
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