最新記事

中国

引渡条例撤回でも混乱収まらぬ香港 中国はなぜ手出しできないのか

2019年9月10日(火)12時21分

脅かされているものは何か

中国は香港の通貨、株式、債券市場を利用して外国資金を呼び込んでいる。また外国企業は、香港を中国本土に進出する足掛かりにしている。外国から中国への直接投資の大半は、今も香港経由だ。

工商銀行といった国有企業からインターネット関連の騰訊控股(テンセント・ホールディングス)などの民間企業まで、ほとんどの大手中国企業は香港に上場し、国際的な事業展開を目指す傾向にある。

リフィニティブのデータによると、昨年の中国企業による新規株式公開(IPO)を通じた資金調達額は642億ドル(約6兆8000億円)と、世界全体のIPO総額のほぼ3分の1に相当する。ただ上海ないし深センの上場での調達額は197億ドルにとどまり、香港上場の350億ドルに及ばない。

香港と上海・深センの株式相互接続制度も、外国人が中国本土の株式に投資する主な手段となっている。

中国企業が昨年海外市場で行ったドル建て起債1659億ドルのうち、33%を香港の債券市場が占めたことが、リフィニティブのデータで分かる。

さらにナティクシスが集計した香港金融管理局(HKMA)のデータを見ると、中国の銀行が香港で保有する資産は昨年段階で1兆1000億ドルと、他のどの地域の銀行よりも多く、中国の国内総生産(GDP)のおよそ9%に相当する。

こうした巨大な金融チャネルを失えば、既に減速している中国経済は一層不安定化し、共産党が過去数十年に渡って実績として示してきたような繁栄を今後も中国にもたらし続けることができるのか、信頼が揺らぐ恐れが出てくる。

香港の港が依然として中国の輸出入のかなりの部分を取り扱っていることや、香港が中国にとって昨年は国・地域別で最大のサービス貿易相手(中国商務省によるとシェア20%超、第2位は米国の17%)だったことなどからも、両者の結び付きの強さがうかがえる。

人民元を国際的に利用される通貨としてドルに対抗する存在にしようという中国の長年の野望を実現する上でも、香港は極めて重要な存在になっている。

全て台無しになる可能性

中国政府は、香港の騒乱が中国の安全保障や主権を脅かすならば決して座視しないと表明している。複数の政府高官からは、香港で起こっていることは内政問題であるとして外国の口出しを非難する声も聞かれる。

ただ主要国の政治指導者は、中国側に自制を求めている。

一部の米上院議員は、1992年に成立させた米国・香港政策法を修正し、香港を中国本土と別の関税エリアとする扱いを変更する意向を示唆している。こうした扱いをしてきたのは、香港が中国政府から十分に独立的と判断してきたためで、もし中国が何らかの形で武力を行使すれば、米国が同法を修正する決定的な要因になりそうだ。

たとえ中国政府が武力行使といういわゆる「核オプション」を手控えたとしても、香港問題でより公然かつ直接的な介入の兆しが見えて、街頭でデモ隊と警官隊の衝突が続くなら、海外の投資家はシンガポールなど、税率が低く法体系への信頼度が高い別の金融センターに機会を求めようとしてもおかしくない。

[香港 ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2019トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます



20190917issue_cover200.jpg
※9月17日号(9月10日発売)は、「顔認証の最前線」特集。生活を安全で便利にする新ツールか、独裁政権の道具か――。日常生活からビジネス、安全保障まで、日本人が知らない顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポート。顔認証の最先端を行く中国の語られざる側面も明かす。



ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中