欧州中銀は贅沢な悩みに過剰反応するな
THE ECB’S DEFLATION OBSESSION
ドラギECB総裁は緩和に積極的な「ハト派」として知られる KAI PFAFFENBACHーREUTERS
<ユーロ圏の成長は3%前後で賃金と雇用も好水準にあるのに、デフレリスクを必要以上に警戒するのは誤りだ>
中央銀行の最大の仕事は物価を安定させること。そして現在、ほとんどの先進国の物価は安定している。それなのに各国の中央銀行はじっとしていられないらしい。
デフレ退治の決意を市場に見せつけようと、追加的な刺激策を模索する国もある。それが最も顕著なのはECB(欧州中央銀行)だ。だがその姿勢は、デフレリスクを必要以上に過大視している。そもそも物価は下落していない。中央銀行の理想よりも上昇のペースが遅いだけだ。
例えばユーロ圏のコアインフレ率(変動の大きいエネルギーと食品を除く物価上昇率)は、前年比1%程度で、今後10年はこのペースが続くとみられている。ところがECBは、このような低インフレは全く容認できないと考えている。
それはECBが、物価の安定を「同一水準を維持すること」ではなく、「年2%近くの上昇を遂げていること」と定義しているからだ。
FRB(米連邦準備理事会)と日本銀行もそうだ。中央銀行が物価の硬直化を嫌う理由は主に2つある。第1に、物価が下落すれば、政府債務の実質価値が膨らむという問題がある。
とはいえ、現在の名目金利はほぼゼロ。つまり借金の本当のコストは増えない。それに債務返済を管理する上で重要なのは、歳入が債務残高を上回るペースで増えることであって、物価上昇率が金利上昇率を上回ることではない。
この点、ユーロ圏は一段と好環境にある。名目GDPの成長率は3%前後で、ほぼ全加盟国の長期金利を大きく上回っている。この結果、プライマリーバランスの均衡を維持すれば(つまり税収で一般歳出をカバーすれば)、政府債務は対GDP比で自然と目減りしていく。
同様のことは家計にも言える。ユーロ圏では所得が年3%のペースで増える一方で、住宅ローン金利はゼロに近づいているから、消費者の支払い能力は時間がたつにつれて高まるだろう。
日本の例が意味すること
中央銀行が物価の横ばい状態を嫌う2つ目の理由は、個々の物価が実質ベースで下がりにくくなる可能性があるからだ。
市場経済では、モノやサービスの相対価格は需給に応じて調整される必要がある。従って、全体的に物価が安定するためには、価格が上昇しているモノがある一方で、下落するモノも必要だ。問題は、企業が小売価格を下げたとき、それに合わせて名目賃金も引き下げるのは容易ではないことだ。従って賃金は理論上、名目ベースではなく、実質的に下がる余地があったほうがいい。