最新記事

ロヒンギャ

バングラのロヒンギャ収容所は不法地帯に 殺人、暴行、誘拐を行う難民内の犯罪者集団

2019年6月10日(月)15時18分
大塚智彦(PanAsiaNews)

難民キャンプの教育不足をARSAが利用か

こうした状況の中で明らかになった難民キャンプ内での不法行為の数々は、新たなロヒンギャ問題として早急な対応が求められている。

難民キャンプを統括するバングラデシュ当局によると施設内で不法な殺人や誘拐を実行しているのはARSAなどの武装組織ではなく、キャンプ運営を巡るグループによる勢力争いでそのメンバーが違法に武装したり民兵化したりしているに過ぎないとの見方を示している。

しかしICGは報告書の中でバングラデシュ当局がキャンプ内での正規の学校教育を禁止していることを理由に「イスラム教指導者などが私設塾のような教育の場を設置して、そこでイスラム教義に基づく教育を実施していることがARSAなど戦闘集団への同調者を醸成しているとみられる」として私設塾で武装組織のシンパ育成やメンバーの「リクルート」が行われている可能性を指摘している。

複数の難民キャンプはこうしたARSA関係者あるいは犯罪者集団メンバー、武装した民兵組織などが暗躍し、もはや安全な避難場所とは言えない状況に陥っているとICGの報告書は警告している。

夜間は不法地帯と化す難民キャンプ

こうした事態を受けて難民キャンプを管轄するバングラデシュ警察は、警察官の駐在ポストを新たに7か所新設し、合計1000人の警察官の増派で治安維持と情報収集に当たっていると強調している。

コックス・バザール警察のイクバル・ホサイン報道官はAFPに対して「ICGの報告書は誇張されているが、事実無根ではなく、暴力がキャンプで増加しているのは事実である」と不法状態を追認する姿勢を示したという。

これに対しICGは増員された警察官の配置は適正でなく、それも難民キャンプと外周地域の境界を警備するという「バングラデシュ住民の保護」が主任務となっている、と問題点を指摘している。

特に夜間になると難民キャンプで支援活動を行っている人道支援関係者はコックス・バザール市内の活動拠点に戻ってしまい、キャンプ内には難民が任命した訓練も不十分な要員が非武装で警戒に当たるだけというのが現状という。

このためキャンプ内では殺人、誘拐その他のあらゆる暴力がほぼ毎日、夜間に発生しており、犯罪者はなんら法的裁きも受けることなく生活しているという。

難民の多くは犯罪実行者が誰かを知っているものの、報復による殺害を恐れて通報も情報提供も躊躇しており、難民キャンプは文字通り「不法地帯」と化している。

ミャンマー治安当局の暴力を逃れるためにバングラデシュに避難し、難民として不自由な環境での生活を余儀なくされているうえに、その難民キャンプでも暴力に怯えざるを得ないロヒンギャ族の人びとに対し、ICGなどは国際社会の支援とバングラデシュ当局による早急な治安回復が急務としている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中