最新記事

宗教

「聖地火災」を西欧・イスラム協力の契機に

Repairing Our Sacred Spaces

2019年5月18日(土)15時00分
クレイグ・コンシダイン(米ライス大学講師)

共通点に目を向ける機会

イスラム教徒とアル・アクサーのつながりにも同じことが言える。このモスクは1日5回の祈りを捧げるためだけの場所ではない。アル・アクサーもノートルダムと同様、宗教対立、戦争、占領が絡み合う複雑な歴史を持っている。

ビザンチン帝国時代の建築物の敷地を使ってイスラム帝国の初期に建てられたアル・アクサーは、ユダヤ教、キリスト教との連続性、その完成形としてのイスラム教を意識していた。その後、モスクの支配者はウマイヤ朝、アッバース朝、シーア派のファーティマ朝と交代した。

11世紀には中央アジアからやって来たスンニ派のセルジューク朝の支配下に入り、次いで西ヨーロッパから侵入した十字軍に占領された。16世紀初頭にはオスマン帝国のスルタン、セリム1世がマムルーク朝を滅ぼしてエルサレムを占領し、オスマントルコは第一次大戦まで支配を続けた。

magw190518-sacred02.jpg

エルサレムのアル・アクサー・モスク前で祈るイスラム教徒 Faiz Abu Rmeleh-Anadolu Agency/GETTY IMAGES

第一次大戦後、アル・アクサーはエルサレムと共に大英帝国の管理下に入った。現在はイスラエルの占領下にあり、パレスチナのイスラム教徒だけでなくウンマ(イスラム共同体)全体に暗い影を投げ掛けている。

アル・アクサーの火災は小さいものだったが、ノートルダム大聖堂の惨状を目の当たりにしたキリスト教徒とよく似た感情をイスラム教徒に抱かせた。2つの神聖な施設はキリスト教とイスラム教の多様性に加え、人類共通の美点と悪しき面を浮き彫りにするものだ。両者は文明の衝突、革命の栄光、国民国家と帝国の台頭、そして虐げられた人々の自由と独立のための闘争を象徴している。

今回の火災はキリスト教徒とイスラム教徒にとって、信仰の重要性に思いをはせ、先人たちの偉業を振り返る機会になる。おそらくもっと重要なのは、キリスト教徒とイスラム教徒が聖なる施設の修復のために互いに協力することだ。

両者の間には、一神教の伝統や世界最高レベルの宗教施設で祈りをささげる特権以外にも、共通点がたくさんある。苦闘の中でもがき、嘆き悲しみ、希望を抱き、神に祈る――それはどんな宗教でも変わらない人間の営みだ。

<本誌2019年05月21日号掲載>

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中