インドネシア、新種オランウータン生息地に中国資本でダム建設 環境団体の建設中止訴えを裁判所は却下
88年ぶりの新種発見
今回のダム建設でそのエコシステムへの深刻な影響が懸念されている「タパヌリ・オランウータン」は、米科学誌「カレント・バイオロジー」にスイス、英国、インドネシアなどの国際チームの研究者が2017年11月2日に発表した研究成果で生息が確認された新種のオランウータン。
それまでは同じスマトラ島の北部に生息する「スマトラ・オランウータン」とカリマンタン島(マレーシア名ボルネオ島)の「ボルネオ・オランウータン」の2種類が確認されていたが、DNA(遺伝子)や頭蓋骨、歯などからいずれの種にも属さない「新種」として88年ぶりに確認され、世界的なニュースとなった。
個体数が約800頭と推定されていることや生息地周辺での開発の動きなどから、発見直後から環境保全と新種の保護が喫緊の課題とされてきた。
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政府は建設に前向き、大統領は静観
こうした「タパヌリ・オランウータン」保護の訴えに対してインドネシアの環境行政を司る環境森林省の担当者は「ダム建設による環境への影響は最小限に留まり、オランウータンのエコシステムへの懸念もあまりないことは独自の調査と情報収集で確認している」と建設には反対せず、ワルヒの主張には否定的だ。
環境保護団体や自然分野の研究者らが「ダム建設の見直し」を訴える書簡をジョコ・ウィドド大統領に対して2018年に2回送付したとしているが、これまでのところこの問題で大統領が指導力を発揮した形跡はないという。
地元紙の報道などによると、今回の「バタントルダム」建設計画では、中国銀行など中国の金融機関が資金面をサポートし、中国水力発電会社が計画、設計を担当、インドネシア企業が建設を請け負うという。
総工費は約15億ドル(約1650億円)で2020年に510メガワット規模の水力発電ダムの完成を目指しているという。ダム建設は北スマトラの電力需要に応えるためとしているが、裁判の公判で法廷に立った地元住民の代表は「これまでダム建設計画に関してなんの説明も地元にはない」と不満を表明しており、環境問題に加えて今後は地元住民との交渉も争点になる可能性がある。
計画ではダムと水力発電所の建設に67.7ヘクタールの土地が開発されるものの、貯水池を作らずに川の水を直接発電所に取り込む方式を採用するため、上流に水没地域はほとんど発生しないと説明している。
しかしワルヒは、ダム、発電所以外に付属施設やそこに至る道路やトンネルなどのインフラ整備のために600ヘクタールが必要で、それが森林などの環境破壊を招き、結果として「タパヌリ・オランウータン」のエコシステムに深刻な影響を与えることになる、と主張している。
環境保護団体、学者や研究者などの学識経験者、そして国際社会も熱い視線を注いでいる新種のオランウータンの保護問題は、電力不足に悩むインドネシアのエネルギー問題とも関連し、さらに中国企業との契約問題もあり、今後、政府、ジョコ・ウィドド大統領は難しい判断を迫られることになるのは確実だ。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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