銃弾74発浴びたオランウータン容体安定 生息地ダム計画、環境団体が再提訴と中国銀行に交渉呼びかけ
タパヌリ・オランウータンの生息地に危機
スマトラ島北部ではこの治療中のホープのほかに、2017年に新種として確認された北スマトラ州タパヌリ地方に生息する固有種「タパヌリ・オランウータン」のエコシステムに影響を与えかねない水力発電所「バタントルダム」建設計画という問題がある。
インドネシア最大の環境保護団体「ワルヒ(インドネシア環境フォーラム)」は、ダム建設中止を求めた請求が3月4日にメダンの州裁判所で却下されたことを受けて、3月14日までにさらに上級の裁判所に提訴したことを明らかにした。
「ワルヒ」は「あらゆる法的手段を講じてダム建設計画を中止に追い込む」としており、今後も法的手段をフル活用していく方針という。
3月1日には北スマトラ州メダンにある中国領事館前でオランウータンの着ぐるみを着るなどした環境活動家らがダム建設反対の抗議デモを行うなど、ダム建設反対の機運は盛り上がりをみせている。
しかし、インドネシア側の建設企業「スマトラ水力エネルギー会社」は「ダム建設はオランウータンのエコシステムに影響を与えない」との姿勢を崩していない。
このため「ワルヒ」はダム建設計画の主要な資金提供者である「中国銀行」に対して、協議申し込みを行っている。
ワルヒ関係者によると中国銀行は2018年に、環境保護に関して「調査する」と約束したもののこれまで調査結果に関して一切伝えてきていない状況という。
米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」によると、中国銀行は3月4日にウェブサイトに「水力ダム計画に関して環境団体が示している関心に留意する。我々は地元の法律や規則に従ってビジネスを展開することが重要であると考える」という趣旨のコメントを掲載。環境問題への理解を表明しながらも計画を見直す考えのないことを示唆した。
オランウータンを取り巻く厳しい環境
新種であることが確認された「タパヌリ・オランウータン」はその個体数が約800と少なく、他の「スマトラ・オランウータン」「ボルネオ・オランウータン」と並んで絶滅の危険に瀕している人間に最も近いとされる大型類人猿である。その生息する北スマトラ州タパヌリ地方で進む中国の銀行資本を背景にしたダム建設計画は、「タパヌリ・オランウータン」の生息環境、エコシステムへの深刻な影響が懸念されるとしている。
一方、「スマトラ・オランウータン」のホープはプランテーションの労働者に空気銃弾74発を撃たれ、ともに逃げていた子供(生後1カ月ぐらい)は栄養失調で保護直後に死亡したが、プランテーション周辺に姿を現したのは開発や森林火災などが原因でジャングル内のエサの不足や生活環境が変化したためとみられている。
オランウータンを取り巻くこうした厳しい環境に対してこれまでインドネシア政府は何ら有効な手立てを講じることがきていないのが現状だ。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など