インドネシア大統領候補に人権弾圧の疑惑 今なお13人の民主活動家が行方不明のまま
有権者の大多数はプラボウォ氏の過去知らず
4月の大統領選挙で投票権を行使して次期大統領を選ぶインドネシアの有権者は約1億8711万人いるが、そのうち初めて投票する17歳〜21歳の有権者が約700万人。またミレニアル世代と称される17歳から34歳ぐらいまでが有権者の半数を占めているという。
こうした有権者は1998年前後の民主化に向けてインドネシア社会が混乱し、多くの人権侵害事件が起きていたこと、その背後に存在した治安部隊が関与した闇の歴史を実体験あるいは肌感覚として記憶していない。
そうしたことが反映してプラボウォ氏は大統領候補として各種世論調査で30〜40%近い支持率を維持しているという。
プラボゥオ氏が今回の大統領選で特にアピールしているのが「強い指導者」。庶民派といわれインドネシア社会の伝統でもある「ムシャワラ(話し合い)」やジャワ人の特長ともいわれる「ゴトンロヨン(相互扶助)」を重んじる政治姿勢のジョコ・ウィドド大統領とは異なり、「上からの強力な指導力で国民を、政治をぐいぐい牽引する強い指導者像」を訴え、若者や都市部インテリ層の間で支持をじわじわと広げている。
政権側も真相解明に及び腰の理由
過去の人権侵害事件などの真相解明に積極的に取り組んでいるジョコ・ウィドド大統領だが、1997〜98年の民主化運動活動家の行方不明事件に関しては消極的というか及び腰なのが実情だ。
というのも現在のジョコ・ウィドド内閣は民主化運動当時、国軍司令官だったウィラント氏が政治法務治安担当調整大臣として入閣しており、下手にプラボウォ氏の人権侵害問題を再燃させれば、東ティモールでの人権侵害など数々の疑惑を過去にもたれたウィラント氏に疑惑と真相解明の動きが飛び火する懸念があるからだ。
プラボウォ陣営は3月13日、ジョコ・ウィドド政権に極めて近いとされる元国軍幹部で当時プラボウォ氏の直接の上官だったアグン・グムラール氏について「彼は行方不明となっている民主活動家の最後の消息を知っているはずであり、その情報を大統領に伝えるべきだ」と雑誌「テンポ」に語っている。
このように今回の大統領選ではジョコ・ウィドド大統領側、プラボウォ側のどちらにとっても民主化運動活動家の行方不明事件は「触れてほしくない時限爆弾」のようなもので、これまでの選挙運動でも「タブー視」されてきたのが現実だ。
それでも軍人の経歴がなく、事件に全く無関係のジョコ・ウィドド大統領に真相解明の期待がかかっているのは、対抗馬のプラボウォ氏が事件の関係者として深く関与しているためでもある。
インドネシアが民主化を実現させる過程で生じた"歴史の闇"ともいうべき活動家行方不明事件は、民主化達成後も国軍や諜報機関などが深く関わったことから、どの政権も真相解明に及び腰だった。殺害されていることが極めて濃厚な13人の行方不明者の家族、友人にとって、真の民主化はいまだ実現していないといえるだろう。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など