最新記事

環境問題

巨大なのはハチだけじゃないインドネシア 奇跡のような昆虫、蝶の楽園も開発乱獲の危機

2019年2月28日(木)15時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

数々の新種を発見したウォレス


ウォレスが発見した「蝶の谷」には256種の蝶がいて、そのうち18種が固有種という蝶の楽園だった。 MultimediaTV SMK N 1 Bangor / YouTube

インドネシアは希少な動物や昆虫、そして今回の巨大ハチの再発見のように巨大な昆虫の宝庫である。スラウェシ島・南スラウェシ州の州都マカッサルから北東へ約40キロにバンティムルン自然保護区がある。この保護区にある渓谷は「蝶の谷」と呼ばれ、昆虫とくに蝶ハンターの間では有名である。

ウォレス氏は1856〜57年にこの渓谷を訪れて、多数の新種の蝶を発見して「オレンジ、黄、白、青、緑の艶やかな蝶の群れがここそこにいる光景は実に美しい。何百という蝶が驚いて一斉に飛び立つと空中に色とりどりの雲ができる」と記した。

前翅から後ろ翅にかけて青緑色の帯が伸びた美しいオオルリオビアゲハをはじめとする蝶マニア垂涎の多種多様な蝶はしかし、近年その個体数を著しく減少させている。

1990年代の調査では107種の蝶が確認されたが、2008〜10年の調査では89種しか確認できなかったという。その原因として考えられているのは観光開発で蝶の産卵場所が減少したほか、蝶ハンター・昆虫マニアによる捕獲などが指摘されている。

インドネシアにはオオルリオビアゲハのほかにもスマトラ島には後翅にある瑠璃色の斑紋が美しいカルナルリモンアゲハ、パプア地方ラジャアンパット諸島には世界最大級の蝶といわれるゴライアストリバネアゲハ(雌の翅長は約20cm)など美しく、大型の蝶が多く生息しており、世界の蝶マニア、コレクターを魅了している。

オークションでの売買も、早急な保護が必要

蝶のほかにもインドネシアには首都ジャカルタ南郊のボゴール・プンチャック峠付近の標高1000m以上の山間部で、コーカサスオオカブト(全長約13cm)やベリコサツヤクワガタなどの大型の昆虫が採取できるなど昆虫類の宝庫となっている。

「ナショナル・ジオグラフィック」によればかつてウォレス巨大ハチの標本がネットオークションで売りに出され、9100ドル(約100万円)で落札されたことがあり、同じコレクターが別の標本を数千ドルで販売していたという。

ウォレス巨大ハチは国際取引が禁止されておらず、捕獲、売買は現在のところ違法ではなく、国際自然保護連合(IUCN)によって「危急種」(野生種が絶滅の危険性が高いもの)に分類されているものの「絶滅危惧種」には指定されていない。

今回の発見では採取された雌の巨大ハチは撮影後に放され、無事に巣に戻ったとされているが、詳細な捕獲場所に関しては今のところ明確になっていない。

これは昆虫ハンターや観光客が現地に押しかけてウォレス巨大ハチの生態に影響を与えることを考慮してではないか、との見方も強まっている。

その一方でオークションでの売買が明らかになったことから、一部のハンターやコレクターの間では生息地がある程度特定され、オークション以外のブラックマーケットを含めるとかなりの数が捕獲、売買されている可能性も指摘されている。

それだけに今後、絶滅の危機に向かわないように実態を把握する調査や研究、そして保護活動をいかに進めていくかが課題となり、あまり関心を示していないとされるインドネシア当局の協力がどこまで得られるかが焦点となるだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中