最新記事

中国

習近平が仕掛ける「清朝」歴史戦争

Streamrolling Its own History

2019年2月16日(土)16時00分
パメラ・カイル・クロスリー(ダートマス大学教授)

現在のために過去を利用

しかし、その先の解釈は割れている。国民党系の中国人歴史家は満州族を「外夷(がいい) 」と見なし、外国勢力による中国人の奴隷化と虐殺を放置したと非難した。

共産党があらゆる経済的・軍事的攻勢を正当化する口実に使う「屈辱の世紀」(おおむね1842年の南京条約から1949年の中華人民共和国建国まで)という概念は、国民党による「清の失敗の物語」に由来する。儒教は中国の伝統の核心だという習の主張も、同様に従来の共産党の主張とは異なっている(従来の共産党系歴史家は、清は他の王朝と同様、儒教によって中国の全人民を抑圧したという立場だ)。

20世紀後半、欧米と日本の歴史家は世界史レベルの幅広い比較の観点から近世の征服・支配の影響に焦点を当て、ロシア、オスマントルコ、清などの「陸上帝国」の影響を検証した。

特にアメリカの歴史家は、清を世界的に傑出した「征服帝国」と位置付け、そこでは力と富、暴力(虐殺を含む)、階級、文化的アイデンティティーが複雑に絡み合っていたと主張した。

清は中国征服前から既にかなりの規模の帝国であり、満州を統治し、モンゴル東部と朝鮮半島を影響下に置いていたと、彼らは指摘した。さらに中国征服後も発祥の地・満州の痕跡を色濃く残していたと主張した。清帝国が征服を通じて明の2倍の大きさに成長した事実も、アメリカの歴史家は強調した。

歴史の再構成を図る習の戦略は、国民党と共産党の歴史解釈を「いいとこ取り」して発火性の高いナショナリズムを加え、グローバル化した比較歴史学の影響を断固排除することだ。

習は征服史の代わりに巨大な文化・経済大国という新たな清のイメージを掲げ、その魅力ゆえにモンゴル、チベット、中央アジア、台湾の住民は喜んで帝国に服従したのだと主張した。

13年の国家主席就任後、習の政権は(筆者を含む)外国の清史研究者に対する敵意に満ちた攻撃を指示した。この攻撃は今も続いている。

外国人歴史家は新たな衣をまとった帝国主義者と揶揄され、他の帝国と比較することで中華王朝としての清の独自性をおとしめたと非難された。中国の論文は外国人研究者を「歴史ニヒリスト」と呼び、帝国主義とグローバル化の視点から歴史的事実を書き換えていると批判した。

清の最大版図は自然かつ平和裏に実現したという見方は、現在の中国が南シナ海、台湾、チベット、新疆の領有権を主張する根拠となっている。その根底には、領土主権はそれを主張する国の歴史的版図によって正当化されるという前提がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中