最新記事

メディア

ドゥテルテ、政権批判のメディアに圧力 元CNN著名記者のニュースサイトを脱税、名誉棄損で起訴

2019年2月8日(金)17時35分
大塚智彦(PanAsiaNews)


政権批判で同じ立場のABS-CBNのインタビューを受けるマリア・レッサさん。 ABS-CBN News / YouTube

国際社会では高い評価

レッサさんは2018年6月に「世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)」が報道の自由に寄与したジャーナリストに贈る「自由のための金ペン賞」を受賞している。

さらに同年12月には米誌「タイム」が選ぶ「2018年の人」に、トルコで殺害されたサウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏、ミャンマーで少数派イスラム教徒ロヒンギャ族の問題を取材して禁固7年の実刑判決を受けたロイターのミャンマー人記者2人などと並んで、レッサさんも選ばれている。

しかしその一方で、フィリピン国内ではドゥテルテ大統領や政権側から「フェイクニュースばかり流している」「米中央情報局(CIA)の手先である」などと誹謗中傷を受け、マリアさんや「ラップラー」の記者らは取材制限や取材妨害、明らかな脅迫やセクハラを日常的に受けているのが現状という。

こうした国際社会の高い評価とフィリピン国内での厳しい現状のギャップの間でレッサさんと「ラップラー」は忍耐強く闘いを続けている。

政権側の圧力に屈しない姿勢に共感も

2018年1月のフィリピン証券取引委員会による「ラップラー」の企業認可取り消し命令は、2015年に米企業に証券を売却して資金を調達したことが「メディアの経営はフィリピン人のみとする」という憲法に違反するとの疑いが背景にあった。

また2018年11月に税務当局が起訴した脱税容疑は、2015年に投資ファンドから調達した資金約300万ドルを税務署に申告告せず、税金を不法に逃れようとしたというもので、「ラップラー」の公認会計士も起訴された。

そして今回の名誉棄損罪による起訴方針に関しては、2012年にレッサさんと元同社記者が実業家と最高裁判事の不適切な関係について書いた記事が対象となっているという。

しかしこの記事は司法省が適用しようとしている「反サイバー法」の成立施行前に書かれたものであることから「不条理な法律的攻撃」(アムネスティ・インターナショナル)、「政権による法律ハラスメント」(国境なき記者団)、「フィリピンの報道の自由を傷つける」(国際ジャーナリスト連盟)などと一斉に強い反発を招く事態となっている。

レッサさんも2012年の記事に対してこれまで何の問題も起きていなかったことなどを指摘して「フィリピンでは法律が武器として使われるいい証拠である」と今回の司法省の起訴方針に反発している。

ドゥテルテ大統領は何度も「ラップラー」を閉鎖に追い込もうとしたとされ、税務当局や司法当局もそうした大統領の意向を「忖度」する形で「ラップラー」とレッサさんへの圧力を強めているといえる。

政権側はさらに政権に批判的な報道を続ける日刊紙「インクワイアラー」とテレビ局「ABS-CBN」に対しても税金未納や放送権更新不認可を盾に「偏向報道の修正」を求めるなどメディアコントロールを強めている。

こうした報道への締め付けがあるフィリピンだが、一方ではアメリカ仕込みの報道の自由を尊重する国民も多く、表立ってドゥテルテ政権に異を唱えようとはしないものの、レッサさんたちの報道に陰で共感して支援している人は少なくないという。

2017年に「ラップラーの自由と独立を維持するために」として視聴者や支持者に資金の寄付を呼びかけたところ、個人の平均月収が約3万ペソ(約63,000円)といわれるフィリピンで、わずか4カ月で175万ペソ(約368万円)も集まったということがそうした実情を物語っている。

ドゥテルテ大統領にとっては頭の痛いメディア対策だが、対応策を一歩間違えれば今後の政権運営の不安定要因にもなりかねないことや、2019年5月に予定される中間選挙への影響も懸念されることから慎重さが求められており、今後も両者の攻防は続きそうだ。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

20250121issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月21日号(1月15日発売)は「トランプ新政権ガイド」特集。1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響を読む


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中